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神奈川県足柄下郡箱根町宮ノ下・早川と蛇骨川(じゃこつがわ)の合流点の高台(標高約430m)、箱根七湯のうち中規模温泉地として最も観光地としての知名度を誇る場所に、江戸時代の温泉番付『諸国温泉功能鑑』に「相州宮の下湯」(東-前頭3段目)として登載された名湯があります ── 宮ノ下温泉(みやのしたおんせん) です。
宮ノ下温泉は、室町時代の応永5年(1398年)に自然湧水が発見された、約630年の歴史を持つ古湯。熊野神社のお宮の下に開けたことが「宮ノ下」という地名の由来となり、江戸時代の貞享3年(1686年)の小田原城主交代引継記録にすでに箱根七湯の一つとして記載されています。明治11年(1878年)に山口仙之助(やまぐち せんのすけ)が藤屋旅館を買収・改装して開業した『富士屋ホテル』は、日本初の本格的な外国人向けリゾートホテルとして、チャップリン・ジョン・レノン&オノ・ヨーコ・ヘレン・ケラーら数々の世界的著名人を迎え、箱根町観光協会が公式キャッチコピー「箱根発展の先駆的温泉」として位置づける、日本のリゾートホテル文化の発祥地でもあります。
この記事では、がやが一次史料と公式情報を読み解きながら、親記事「箱根温泉ガイド」の派生として「宮ノ下」に特化した独自の歴史と魅力を完全紹介します。箱根七湯のうち堂ヶ島以外すべての記事化が宮ノ下で達成されるシリーズ重要マイルストンの一篇です。箱根全体については親記事「箱根温泉ガイド」、湯本については「箱根湯本温泉ガイド」、塔之沢については「塔之沢温泉ガイド」、底倉については「底倉温泉ガイド」、木賀については「木賀温泉ガイド」、芦之湯については「芦之湯温泉ガイド」、姥子については「姥子温泉ガイド」もあわせてご覧ください。
📌 本記事は「一次史料統合ガイド」(宮ノ下特化)です
がやは宮ノ下温泉の旅館に宿泊した経験はまだありませんが、本記事は一次史料・箱根町観光協会・富士屋ホテル・日本温泉協会の公式情報を読み解いて執筆した完全ガイドです。
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江戸番付『相州宮の下湯』東-前頭3段目。応永5年(1398年)開湯の630年の歴史と、日本初の外国人向けリゾート富士屋ホテル(1878年創業)の魅力を体験できる温泉地。
📑 目次
- 早川渓谷沿いの観光温泉地、宮ノ下温泉とは
- 江戸の温泉番付に登載された「相州宮の下湯」
- 泉質:単純温泉・ナトリウム塩化物泉
- 応永5年(1398年)開湯 ── 室町時代の自然湧水発見
- 「宮ノ下」の地名由来 ── 熊野神社のお宮の下
- 江戸期の箱根七湯 ── 貞享3年(1686年)小田原城主引継記録
- 富士屋ホテル ── 1878年明治11年・日本初の外国人向け本格リゾートホテル
- 山口仙之助の創業ストーリー ── 米国渡米と福沢諭吉の影響
- 著名人に愛された宮ノ下 ── チャップリン・ジョン・レノン・ヘレン・ケラー
- 「箱根発展の先駆的温泉」 ── 箱根町観光協会公式キャッチコピーの背景
- 早川と蛇骨川合流の高台 ── 標高約430mの地理
- アクセス・施設情報
- 訪問前に知っておきたい注意事項
- Q&A(よくあるご質問)
- まとめ:宮ノ下で結ばれる箱根の温泉と国際観光史
📌 この記事で分かること
- 江戸の温泉番付『諸国温泉功能鑑』に「相州宮の下湯」(東-前頭3段目)として登載された宮ノ下の歴史
- 応永5年(1398年・室町時代)の自然湧水発見と約630年の歴史
- 「宮ノ下」の地名由来 ── 熊野神社のお宮の下
- 江戸期の箱根七湯:貞享3年(1686年)の小田原城主引継記録に登載
- 富士屋ホテル(1878年明治11年・日本初の外国人向け本格リゾートホテル)の創業
- 山口仙之助(やまぐち せんのすけ)の創業ストーリー ── 米国渡米と福沢諭吉の影響
- チャップリン・ジョン・レノン&オノ・ヨーコ・ヘレン・ケラーら世界的著名人の宿泊歴
- 箱根町観光協会公式キャッチコピー「箱根発展の先駆的温泉」の背景
- 早川と蛇骨川合流の高台(標高約430m)の地理的特徴
- 箱根登山鉄道「宮ノ下駅」を中心としたアクセス
早川渓谷沿いの観光温泉地、宮ノ下温泉とは
宮ノ下温泉は、箱根七湯の中で観光地としての知名度が最も高い温泉地のひとつで、早川と蛇骨川の合流点の高台に開けた中規模温泉地です。箱根登山鉄道「宮ノ下駅」を中心に、富士屋ホテルをはじめとする 10軒以上の宿泊施設が広がり、箱根町観光協会が公式に「箱根発展の先駆的温泉」と位置づける、日本のリゾートホテル文化の発祥地でもあります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在地 | 神奈川県足柄下郡箱根町宮ノ下 |
| 位置 | 早川と蛇骨川の合流点の高台(標高約430m) |
| 現役施設 | 富士屋ホテル(1878年創業)/箱根吟遊/ホテルマロウド箱根 ほか10軒以上 |
| アクセス | 箱根登山鉄道「宮ノ下駅」徒歩・箱根登山バス「宮ノ下温泉」下車 |
| 新宿からの所要時間 | ロマンスカー+登山鉄道で約95分 |
| 箱根七湯の位置 | 第3位(湯本・塔之沢・宮ノ下・堂ヶ島・底倉・木賀・芦之湯のうち3番目に登場) |
| 泉質 | 単純温泉・ナトリウム塩化物泉 |
| 江戸期番付 | 東-前頭3段目「相州宮の下湯」(諸国温泉功能鑑) |
| 公式キャッチコピー | 「箱根発展の先駆的温泉」(箱根町観光協会公式) |
新宿駅からの所要時間は 箱根湯本駅まで小田急ロマンスカー最速73分+箱根登山鉄道で約22分=合計約95分。箱根登山鉄道の途中駅としてアクセス良好で、箱根七湯の中でも観光客の往来が最も多い活気ある温泉街として知られます。
江戸の温泉番付に登載された「相州宮の下湯」
宮ノ下温泉は、文化14年(1817年)作成の江戸時代後期の温泉番付『諸国温泉功能鑑』 において 「相州宮の下湯」 として登載されました。
番付ポジション
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 表記 | 相州宮の下湯 |
| 番付の位置 | 東-前頭3段目 |
| 大関 | 上州草津の湯 |
| 関脇 | 野州那須の湯 |
| 小結 | 信州諏訪の湯 |
| 前頭1段目筆頭 | 豆州湯河原の湯(湯河原温泉ガイド) |
| 前頭1段目2番目 | 相州足の湯(芦之湯温泉ガイド) |
箱根七湯の中の番付ポジション
『諸国温泉功能鑑』には箱根温泉郷のうち以下が登載されています:
| 番付 | 名称 | 現在 |
|---|---|---|
| 東-前頭1段目 | 相州足の湯 | 芦之湯温泉 |
| 東-前頭2段目 | 相州湯元の湯 | 箱根湯本温泉 |
| 東-前頭3段目 | 相州塔の沢の湯 | 塔之沢温泉 |
| 東-前頭3段目 | 相州宮の下湯 | 宮ノ下温泉(本記事) |
| 東-前頭3段目 | 相州姥子の湯 | 姥子温泉 |
| 東-前頭3段目 | 相州木賀の湯 | 木賀温泉 |
| 東-前頭4段目 | 相州底倉の湯 | 底倉温泉 |
宮ノ下は 塔之沢・姥子・木賀と同じ東-前頭3段目 に位置し、底倉(4段目)より上位。江戸期には 箱根七湯の中で湯本・芦之湯に次ぐ格式の高さを持っていたことが番付登載から読み取れます。
泉質:単純温泉・ナトリウム塩化物泉
宮ノ下温泉の泉質は、箱根温泉郷でも比較的標準的な単純温泉・ナトリウム塩化物泉を中心とした構成です。
公式公開の泉質
| # | 泉質 | 特徴 |
|---|---|---|
| 1 | 単純温泉 | 刺激が穏やか・湯あたりしにくい・万人向け |
| 2 | ナトリウム塩化物泉 | 保温効果・冷え性改善・切り傷・末梢循環障害に伝統的活用 |
効能の伝統的記録
疲労回復・女性の健康・胃腸障害などへの効能が伝統的に伝えられており、江戸時代の大名の奥方や豪商の湯治場として広く利用された記録があります。内湯と滝湯(打たせ湯)の組み合わせが江戸期の湯治スタイルとして定着していました。
応永5年(1398年)開湯 ── 室町時代の自然湧水発見
宮ノ下温泉の歴史は、室町時代の応永5年(1398年) にまで遡ります。
開湯の経緯
| 年代 | 出来事 |
|---|---|
| 応永5年(1398年) | 宮ノ下に自然湧水が初めて発見される |
| 室町〜戦国期 | 湯治場として徐々に整備 |
| 江戸前期・貞享3年(1686年) | 小田原城主交代引継記録に箱根七湯として記載 |
| 江戸後期・文化14年(1817年) | 『諸国温泉功能鑑』に「相州宮の下湯」東-前頭3段目として登載 |
| 明治11年(1878年) | 富士屋ホテル開業 ── 日本初の外国人向け本格リゾートホテル |
| 現代 | 箱根七湯の観光中心地・「箱根発展の先駆的温泉」 |
応永5年(1398年)の発見から 2026年現在で約630年の歴史を刻んできた古湯です。江戸期に箱根七湯の一つとして整備され、明治期に富士屋ホテル開業で国際観光地化するという、日本の温泉発展史を凝縮した変遷を辿った点が宮ノ下の独自性です。
「宮ノ下」の地名由来 ── 熊野神社のお宮の下
宮ノ下温泉の地名は、この地に鎮座する熊野神社のお宮の下に温泉場が開けたことに由来します。
熊野神社と宮ノ下
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 神社名 | 熊野神社(宮ノ下) |
| 地名の意味 | 熊野神社の「お宮の下」 |
| 信仰 | 熊野権現・修験道との結びつき |
| 機能 | 湯治場の守護神・温泉地の精神的中心 |
「お宮」は 熊野神社の社殿を指し、その「下」に温泉場と集落が広がったことから「宮ノ下」の地名が定着しました。熊野信仰は箱根の修験道と密接な関係を持ち、湯治場としての宮ノ下温泉が宗教的にも守護された場所であったことが、地名そのものから読み取れます。
江戸期の箱根七湯 ── 貞享3年(1686年)小田原城主引継記録
江戸時代の宮ノ下温泉の格式を裏付ける一次史料が、貞享3年(1686年)の小田原城主交代に伴う引継記録です。
引継記録の意義
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 年代 | 貞享3年(1686年) |
| 文書 | 小田原城主交代の引継記録 |
| 内容 | 箱根に既に温泉場が七つあったことを記載 |
| 江戸期の認識 | 箱根七湯:湯本・塔之沢・堂ヶ島・宮ノ下・底倉・木賀・芦之湯 |
この引継記録は、1686年時点で「箱根七湯」という温泉地グループが既に行政的に認識されていたことを示す貴重な一次史料です。宮ノ下温泉も江戸前期にはすでに箱根七湯の一つとして整備が進んでいたことが分かります。
江戸期の湯治スタイル
| 階層 | 訪問者 | 用途 |
|---|---|---|
| 武家階層 | 大名の奥方 | 内湯・滝湯による湯治 |
| 商人階層 | 豪商・大商人 | 商用兼湯治 |
| 庶民階層 | 江戸庶民 | 一夜湯治(短期滞在型湯治) |
江戸時代の宮ノ下は、上層階級から庶民までの幅広い湯治客を迎える総合温泉地として機能していました。
富士屋ホテル ── 1878年明治11年・日本初の外国人向け本格リゾートホテル
宮ノ下温泉を日本のリゾートホテル史に刻む特別な温泉地にしたのが、明治11年(1878年)7月15日創業の『富士屋ホテル』です。
富士屋ホテルの基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 創業年月日 | 明治11年(1878年)7月15日 |
| 創業者 | 山口仙之助(やまぐち せんのすけ) |
| 創業の経緯 | 既存の 「藤屋旅館」を買収・改装 して開業 |
| 称号 | 日本初の本格的な外国人向けリゾートホテル |
| 外国人専用期間 | 明治26年(1893年)〜大正元年(1912年)(ホテル奈良屋との協定) |
| 現役状況 | 2026年現在も営業中(築約148年) |
| 分類 | 日本に現存する数少ないクラシックホテルのひとつ |
| 登録有形文化財 | 1997年(平成9年)12月12日に本館はじめ多くの建物が国登録有形文化財に指定 |
| 建物構成 | 本館・西洋館・花御殿・フォレスト館の4建物+別館「旧宮ノ下御用邸 菊華荘」 |
| 温泉プール | 「源泉かけ流しの温泉プール」── ホテル室内プールとして日本初 |
| 2020年大改修 | 2年以上に及ぶ大改修を経て新生富士屋ホテル誕生 |
富士屋ホテルの歴史的意義
1878年(明治11年)創業の富士屋ホテルは、日本における「外国人向けリゾートホテル」という業態の発祥です。明治政府による近代国家建設と外国人観光客誘致の文脈で生まれた本ホテルは、箱根を「国際観光リゾート」として全国に名を知らしめた最大の功労者となりました。
「箱根発展の先駆的温泉」という箱根町観光協会公式キャッチコピーは、富士屋ホテルが宮ノ下温泉、ひいては箱根温泉郷全体の発展を牽引した史実に基づきます。
富士屋ホテルの建築遺産
富士屋ホテルの建物群は、1997年(平成9年)12月12日に本館(公式名「富士屋ホテル本館」)はじめ多くの建物が国登録有形文化財に指定されました。現在は 「本館」「西洋館」「花御殿」「フォレスト館」の4つの主要建物に加え、隣接する別館 「旧宮ノ下御用邸 菊華荘」を擁します。大正9年(1920年)築の旧宴会場「カスケードルーム」は2020年の大改修で復原され、当時の意匠を現代に伝えています。
敷地内に湧出する 豊富な天然温泉は全室に引かれ、「源泉かけ流しの温泉プール」はホテル室内プールとして日本初という独自性を持ちます。2年以上に及ぶ大改修(2020年完了)を経て、明治・大正・昭和・令和を貫く クラシックホテルが現代に蘇りました。
山口仙之助の創業ストーリー ── 米国渡米と福沢諭吉の影響
富士屋ホテル創業者・山口仙之助の物語は、明治日本の国際化を象徴する青年実業家の挑戦記です。
山口仙之助の経歴
| 年代 | 出来事 |
|---|---|
| 明治5年(1872年) | 20歳で米国へ渡航(明治初期の海外渡航は極めて稀) |
| 米国滞在中 | アメリカのホテル業を視察・国際観光の重要性を認識 |
| 帰国後 | 慶應義塾に入学(福沢諭吉の門下生) |
| 慶應義塾で | 福沢諭吉から「国際観光の重要性」を説かれる |
| 卒業の年・明治11年(1878年) | 箱根宮ノ下の老舗『藤屋旅館』を買収・改装 |
| 同年7月15日 | 富士屋ホテル開業 |
創業哲学
山口仙之助は 「外国人の金を取るをもって目的とす」 という言葉を残し、「外国人を対象とした本格的なリゾートホテル」をめざすという、当時としては極めて先進的な経営哲学を実践しました。福沢諭吉の影響を受けた近代化志向と国際感覚が、富士屋ホテル創業の原動力となっています。
福沢諭吉との関係性
慶應義塾の創設者・福沢諭吉は、「脱亜入欧」と国際化を提唱した明治日本を代表する啓蒙思想家。山口仙之助は 福沢の弟子として国際観光業の重要性を学び、それを箱根宮ノ下で実践に移した最初期の実業家の一人となりました。
著名人に愛された宮ノ下 ── チャップリン・ジョン・レノン・ヘレン・ケラー
富士屋ホテルは、世界的著名人が次々と訪れる迎賓館としての歴史を持ちます。
主要な著名人宿泊客
| 著名人 | 国籍・分野 | 宿泊した部屋 |
|---|---|---|
| チャーリー・チャップリン | 米国・喜劇王 | 本館「チャップリンズルーム」(ヒストリックジュニアスイート・1932年5月初来日時宿泊) |
| ジョン・レノン&オノ・ヨーコ | 英国・米国・ミュージシャン | 花御殿 ヘリテージルーム菊(現スイートルーム・角部屋) |
| ヘレン・ケラー | 米国・社会活動家 | 富士屋ホテル |
チャップリンと宮ノ下
喜劇王チャーリー・チャップリンは 1932年(昭和7年)5月の初来日時に富士屋ホテルの 本館「チャップリンズルーム」(ヒストリックジュニアスイート)に宿泊。現在も 「チャップリンズルーム」として一般販売されており、リビングルームにはチャップリンが描いた富士山の絵とサインが額装され、当時の空間そのものに宿泊できるという、世界的にも稀有な体験が提供されています。
ジョン・レノン&オノ・ヨーコ
ビートルズの元メンバー ジョン・レノンは、妻オノ・ヨーコと共に富士屋ホテルを訪問。花御殿(はなごてん)の「ヘリテージルーム菊」という角部屋に宿泊しました。ジョン・レノンが宿泊した時間と空間が、現代のスイートルームとして現存している点は、音楽史的にも記念すべき遺産です。
宮ノ下温泉の国際性
これらの著名人宿泊は、富士屋ホテルが「外国人専用ホテル」として運営された明治26年〜大正元年の時代だけでなく、戦後の高度経済成長期から現代に至るまで継続している国際観光地としての地位を象徴します。全客室に宮ノ下天然温泉が供給されており、世界的著名人が箱根の湯を体験した文化的価値は計り知れません。
「箱根発展の先駆的温泉」 ── 箱根町観光協会公式キャッチコピーの背景
宮ノ下温泉の 公式キャッチコピーは「箱根発展の先駆的温泉」。これは箱根町観光協会公式サイトに記された、宮ノ下が箱根温泉郷全体の発展を牽引したという史実を表現しています。
「先駆的温泉」と呼ばれる理由
| 観点 | 内容 |
|---|---|
| 国際観光の起点 | 1878年富士屋ホテル開業で日本初の外国人向けリゾート機能を確立 |
| 近代インフラの早期整備 | 箱根登山鉄道(1919年全線開業)の中継駅として整備 |
| 観光地としての知名度 | 箱根七湯の中で 観光客往来が最も多い活気ある温泉街 |
| 文化的中心 | チャップリン・ジョン・レノン等の世界的著名人を迎えた 箱根の国際的シンボル |
| 箱根の中核 | 強羅・小涌谷・芦ノ湖方面への 観光ハブ拠点 |
箱根温泉郷の発展における宮ノ下の役割
明治期の箱根は「国際観光リゾート」として開発が進んだが、その中心が宮ノ下だったことは、富士屋ホテルの存在抜きには語れません。明治政府の近代化政策・福沢諭吉の啓蒙思想・山口仙之助の実業家精神の三位一体が、宮ノ下を 「箱根発展の先駆」として位置づけたのです。
早川と蛇骨川合流の高台 ── 標高約430mの地理
宮ノ下温泉は、早川と蛇骨川(じゃこつがわ)の合流点の高台に開けた 標高約430mの中規模温泉地です。
周辺の地理
| 地点 | 標高 | 位置関係 |
|---|---|---|
| 早川(主流) | — | 宮ノ下の南側を流れる |
| 蛇骨川(支流) | — | 宮ノ下の北側を流れ早川と合流 |
| 宮ノ下温泉 | 約430m | 早川と蛇骨川の合流点高台 |
| 強羅 | 約530〜770m | 宮ノ下の北側・登山鉄道で接続 |
| 大涌谷 | 約1,050m | 宮ノ下の北側・ロープウェイで接続 |
| 芦ノ湖 | 約720m | 宮ノ下の南西側 |
蛇骨川の名の由来
蛇骨川(じゃこつがわ)の名は、温泉中の珪華(けいか)の沈殿層に木の葉が落ち、蛇骨状の模様を示すことに由来するとされ、3万7千年前の早川泥流堆積物の地層を削り込んでできた渓谷が 「蛇骨渓谷」 として箱根ジオパークの見どころとなっています。底倉温泉も同じ蛇骨川沿いに位置し(底倉温泉ガイド参照)、蛇骨川下流には豊臣秀吉が小田原攻めの際に掘らせたという伝説の「太閤石風呂」と「太閤の滝」(落差10m・幅3m)も残ります。宮ノ下と底倉は蛇骨川を介して地理的・歴史的に密接につながる温泉地ペアとなっています。
アクセス・施設情報
宮ノ下温泉へのアクセスは、小田急ロマンスカー+箱根登山鉄道 の組み合わせが基本です。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 住所 | 神奈川県足柄下郡箱根町宮ノ下 |
| 主要施設 | 富士屋ホテル・箱根吟遊・ホテルマロウド箱根 ほか |
| 最寄駅 | 箱根登山鉄道「宮ノ下駅」(徒歩圏内) |
| バス停 | 箱根登山バス「宮ノ下温泉」 |
| 駐車場 | 各旅館・ホテルに専用駐車場あり |
アクセス所要時間
| 出発地 | 経路 | 所要 |
|---|---|---|
| 新宿 | ロマンスカー → 箱根湯本 → 登山鉄道 | 約95分 |
| 東京 | こだま新幹線 → 小田原 → 登山鉄道 | 約85分 |
| 横浜 | JR東海道線 → 小田原 → 登山鉄道 | 約70分 |
箱根フリーパス(新宿発2日券7,100円)でロマンスカー以外の登山鉄道・ケーブルカー・ロープウェイ・登山バスがすべて乗り放題となるため、強羅・大涌谷・芦ノ湖との周遊観光には箱根フリーパス利用が断然お得です。
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訪問前に知っておきたい注意事項
宮ノ下温泉を訪問する際の留意点をまとめました。
| # | 注意事項 |
|---|---|
| 1 | 富士屋ホテルは2020年大規模改修後リニューアル・人気が高くハイシーズンは早めの予約推奨 |
| 2 | 箱根登山鉄道「宮ノ下駅」は急勾配地形のため駅から温泉街への移動に若干の徒歩あり |
| 3 | 箱根の他温泉地(強羅・大涌谷・芦ノ湖)との周遊には箱根フリーパス推奨 |
| 4 | 温泉街の道路は急坂・狭路が多いため、自動車利用時は注意 |
| 5 | 蛇骨川沿いの遊歩道は雨後滑りやすいため天候確認を |
| 6 | チャップリン・ジョン・レノンが宿泊した部屋は富士屋ホテルの限定室(要事前確認) |
| 7 | 熊野神社の参拝も合わせて訪問すると地名由来を実感できる |
Q&A(よくあるご質問)
Q1. 宮ノ下温泉と箱根湯本温泉はどう違いますか?
A. 宮ノ下温泉は早川と蛇骨川合流点の高台(標高約430m)に位置し、江戸番付東-前頭3段目の中規模観光温泉地で、日本初の外国人向けリゾート富士屋ホテル(1878年創業)が中心。一方、箱根湯本温泉は早川下流の入口(標高約100m)にある東-前頭2段目の最大温泉地で、箱根七湯の玄関口としての役割が中心です。宮ノ下は国際観光地の象徴・湯本は箱根観光の玄関口という独自性の違いがあります。
Q2. 富士屋ホテルにはどのくらい著名人が泊まりましたか?
A. チャーリー・チャップリン(本館「チャップリンズルーム」・1932年5月初来日時)、ジョン・レノン&オノ・ヨーコ(花御殿ヘリテージルーム菊)、ヘレン・ケラーなど、世界的に有名な著名人が多数宿泊しています。現在も「チャップリンズルーム」(本館 ヒストリックジュニアスイート)に一般客が宿泊可能であり、世界的著名人が過ごした空間そのものに宿泊できる稀有な体験が提供されています。
Q3. 「宮ノ下」という地名の由来は?
A. 宮ノ下に鎮座する熊野神社のお宮の下に温泉場が開けたことに由来します。「お宮」は熊野神社の社殿を指し、その「下」に温泉場と集落が広がったことから「宮ノ下」の地名が定着しました。熊野信仰と箱根の修験道の関係性が、地名そのものに刻まれた珍しい温泉地名です。
Q4. 宮ノ下温泉の旅館は何軒ありますか?
A. 富士屋ホテル・箱根吟遊・ホテルマロウド箱根などを含めて 10軒以上の宿泊施設があります。江戸期から続く伝統的湯治を希望する場合は古い旅館、国際リゾート体験を希望する場合は富士屋ホテルが選択肢となります。
Q5. 山口仙之助とはどんな人物ですか?
A. 明治11年(1878年)に富士屋ホテルを開業した実業家で、明治5年(1872年)20歳で米国に渡航し、帰国後 明治7年(1874-75年頃)に慶應義塾に入学して福沢諭吉の門下生となりました。福沢諭吉から国際観光の重要性を説かれて、箱根宮ノ下の藤屋旅館を買収・改装して富士屋ホテルを開業しました。「外国人の金を取るをもって目的とす」という言葉を残し、日本初の外国人向け本格リゾートホテルを実現した先駆者です。
Q6. 江戸時代の温泉番付『諸国温泉功能鑑』とは?
A. 文化14年(1817年)に作成された日本全国の温泉地ランキングで、相撲番付に倣って大関・関脇・小結・前頭の階級で温泉地を格付けした見立番付です。宮ノ下は 「相州宮の下湯」として東-前頭3段目 に位置し、塔之沢・姥子・木賀と同位でした。詳細はマザー記事「温泉番付(江戸時代)を今の温泉名にして地図に表記!」に整理しています。
Q7. 宮ノ下温泉が「箱根発展の先駆的温泉」と呼ばれる理由は?
A. 1878年(明治11年)の富士屋ホテル開業が、日本における外国人向けリゾートホテル業の起点となり、箱根全体を国際観光リゾートとして発展させた歴史的意義から、箱根町観光協会が公式キャッチコピーに採用しています。明治政府の近代化・福沢諭吉の啓蒙思想・山口仙之助の実業家精神の三位一体が、宮ノ下を箱根発展の先駆としました。
Q8. 蛇骨川(じゃこつがわ)とは何ですか?
A. 早川の支流で、宮ノ下の北側を流れて早川と合流する川です。渓谷の岩肌が蛇の骨のように見える地形に由来するとされ、底倉温泉も同じ蛇骨川沿いに位置します。宮ノ下と底倉は蛇骨川を介して地理的・歴史的に密接につながる温泉地ペアです。
Q9. 宮ノ下温泉の開湯はいつですか?
A. 室町時代の応永5年(1398年)に自然湧水が発見されたのが宮ノ下温泉の開湯とされ、2026年現在で約630年の歴史を持つ古湯です。江戸前期の貞享3年(1686年)の小田原城主交代引継記録にはすでに 箱根七湯の一つとして記載されており、江戸期を通じて整備が進みました。
Q10. 宮ノ下温泉に「箱根七湯コンプリート」として訪問する順番は?
A. がや推奨は 湯本(標高100m)→ 塔之沢(120m)→ 宮ノ下(430m)→ 底倉(460m)→ 木賀(470m)→ 芦之湯(870m)→ 姥子(885m)の標高順 です。箱根登山鉄道で湯本→塔之沢→宮ノ下と昇り、宮ノ下から登山鉄道+ケーブル+ロープウェイで姥子・大涌谷へというルートが効率的。宮ノ下を中心拠点として周遊するのが、宮ノ下温泉の利便性を最大限活用するコースです。
まとめ:宮ノ下で結ばれる箱根の温泉と国際観光史
宮ノ下温泉は、江戸時代の温泉番付『諸国温泉功能鑑』に「相州宮の下湯」(東-前頭3段目)として登載された、箱根七湯の中で観光地としての知名度が最も高い名湯です。早川と蛇骨川の合流点の高台に位置し、室町時代の応永5年(1398年)から約630年の歴史を持つ古湯で、「宮ノ下」の地名は熊野神社のお宮の下に温泉場が開けたことに由来します。
しかし宮ノ下を真に特別な温泉地にしたのは、明治11年(1878年)7月15日創業の『富士屋ホテル』です。山口仙之助が米国渡米と福沢諭吉の啓蒙を経て実現した、日本初の外国人向け本格リゾートホテルは、箱根を国際観光リゾートとして全国・世界に知らしめた最大の功労者となりました。箱根町観光協会が宮ノ下を「箱根発展の先駆的温泉」と公式に位置づけるのは、この史実が背景にあります。
チャーリー・チャップリン(本館5号室)・ジョン・レノン&オノ・ヨーコ(花御殿ヘリテージルーム菊)・ヘレン・ケラーら、世界的著名人が次々と訪れた歴史は、富士屋ホテルが宮ノ下を「日本のリゾートホテル文化の発祥地」として確立した証です。チャップリンやジョン・レノンが過ごした部屋に現代の旅行者が宿泊できるという、世界的にも稀有な文化体験が現存している点は、宮ノ下温泉の最も尊い遺産です。
そしてこの記事の公開により、箱根七湯(湯本・塔之沢・宮ノ下・堂ヶ島・底倉・木賀・芦之湯)のうち堂ヶ島以外の6湯すべてが、がやのシリーズで記事化完了となりました。箱根七湯コンプリートまであと残り1湯(堂ヶ島)という重要マイルストンです。江戸の番付と明治の国際リゾートの両時代を、ひとつの温泉地で凝縮的に体験できる――宮ノ下温泉は、日本温泉文化と国際観光史の縦軸を一度に味わえる至高の名湯です。
