青森・蔵館温泉ガイド|江戸番付『津軽倉立の湯』西-前頭4段目「諸病によし」×1954年合併前の旧温泉地

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青森県南津軽郡大鰐町・平川北側の旧蔵館村エリア1954年(昭和29年)7月1日の合併以前は独立した温泉地として運営されていた場所に、江戸時代の温泉番付『諸国温泉功能鑑』に「津軽倉立の湯」(西-前頭4段目「諸病ニ吉」)として登載された名湯があります ── 蔵館温泉(くらだておんせん) です。

蔵館温泉は、平安末〜鎌倉初期に円智上人が高伯寺(現・大円寺)を蔵館に建立中、大日如来のお告げ「土用・丑の日に沐浴すべし」によって発見したと伝わる、大鰐温泉郷全体の開湯発祥地江戸番付では西-前頭4段目「諸病ニ吉」として登載され、江戸期は弘前藩三代藩主・津軽信義が慶安2年(1649年)に御仮屋を建てて湯治、翌慶安3年(1650年)に高伯寺と本尊大日如来を蔵館の現在地(蔵館字村岡12)に移建するなど、津軽藩主の宗教的・統治的拠点として整備されました。

1954年の大鰐町合併以降は「大鰐温泉郷」として平川南側の大鰐温泉本体と一体運営されていますが、蔵館財産区が独自に4軒の共同浴場を管理し、大鰐温泉旅館組合の事務局は蔵館側のヤマニ仙遊館内に置かれているなど、江戸期からの蔵館独自の温泉文化的アイデンティティを現代まで保持しています。

この記事では、がやが一次史料と公式情報を読み解きながら、「津軽倉立の湯」=蔵館エリアに特化した独自の歴史と魅力を完全紹介します。1954年合併以前に平川南側の別温泉地だった「大鰐温泉(津軽大鰐の湯・行司格)」については大鰐温泉ガイドで別記事化済で、本記事とセットで江戸期の大鰐エリア全体像が完成します。

📌 本記事は「一次史料統合ガイド」(蔵館温泉特化)です
がやは蔵館温泉の旅館に宿泊した経験はまだありませんが、本記事はWikipedia・大鰐町公式・大鰐温泉観光協会・大鰐温泉旅館組合・ヤマニ仙遊館公式・古津軽(青森県観光連盟系)・青森県公式観光情報サイトの公式情報を、Google上位10サイト深掘りプロトコルで読み解いて執筆した完全ガイドです。

執筆:がや

温泉番付に登載された全国の名湯を、一次史料と公式情報を突き合わせて紹介する温泉ライター。江戸期『諸国温泉功能鑑』に登載された名湯を中心に、開湯伝説・泉質・宿泊事情を実地と公式情報で検証して執筆中(蔵館温泉は大鰐温泉郷の北側エリアとして大鰐温泉観光協会・ヤマニ仙遊館・大円寺・古津軽公式等の一次史料を多角的に交差検証)。本記事はマザー記事「温泉番付(江戸時代)を今の温泉名にして地図に表記!」から派生した青森県の温泉地紹介記事で、大鰐温泉ガイドと対をなす「江戸期 大鰐エリア2湯」の北側(津軽倉立の湯)としてまとめました。


🔍 この記事で分かること(読者ベネフィット一覧)

あなたの目的 読みどころ 結論の要点
行く価値があるか即判定したい 基本情報 大鰐温泉郷の発祥地・蔵館エリア宿2軒・大鰐温泉駅徒歩約10分
最速で行きたい アクセス・施設情報 東京から東北新幹線+特急つがるで約3時間50分
1泊2日の旅程を組みたい モデル旅程 平川を渡って大鰐温泉本体と一体周遊・徒歩圏で2湯体験
いつ行くべきか 四季の楽しみ方 5月つつじ祭り・夏丑湯祭・8月ねぷた・12月下旬スキー
地域を応援したい ふるさと納税 大鰐町は楽天ふるさと納税で返礼品提供あり
お湯の質を理解したい 泉質と効能 ナトリウム・カルシウム−塩化物・硫酸塩泉 68.4℃
江戸番付の位置 江戸期温泉番付 西-前頭4段目「津軽倉立の湯」「諸病ニ吉」
開湯伝説 円智上人と大日如来 蔵館高伯寺建立中の病・大日如来お告げ
地名の変遷史 「倉立」と「蔵館」 江戸期「倉立」→明治以降「蔵舘」「蔵館」
江戸期の蔵館村史 蔵館村史と弘前藩 1889年5村合併・1649年信義公湯治・1650年大円寺移建
大鰐温泉郷との関係 一体運営ガイド 平川南側「大鰐温泉」(行司格)との兄弟関係
蔵館に泊まりたい 旅館組合5軒中2軒 ヤマニ仙遊館(1872年創業・国登録有形文化財)/不二やホテル
細かい疑問 よくある質問 10問即答(共同浴場・大湯会館・太宰治ゆかり等)

結論を最短で知りたい方は、本ガイドの最後のまとめから逆引きでも構いません。


蔵館温泉の平川北側エリアと大円寺・ヤマニ仙遊館
平川北側に位置する蔵館エリア。江戸番付「西-前頭4段目」の津軽倉立の湯の系譜を伝える

平川北側の旧温泉地 ── 蔵館温泉の基本情報

蔵館温泉は、青森県南津軽郡大鰐町大字蔵館平川北側に位置する旧蔵館村エリアの温泉地です。1954年(昭和29年)7月1日の大鰐町・蔵館町合併以前は、平川を挟んで南側「大鰐温泉」とは別の独立した温泉地として運営されており、江戸時代の温泉番付『諸国温泉功能鑑』にも「津軽倉立の湯」(西-前頭4段目「諸病ニ吉」)として独立登載されていました。

大鰐温泉旅館組合の事務局は蔵館側のヤマニ仙遊館内に置かれ、組合加盟5軒中2軒(ヤマニ仙遊館・不二やホテル)が蔵館エリアに所在。さらに蔵館財産区が独自に共同浴場4軒を管理しており、合併後も蔵館独自の温泉文化的アイデンティティが現代まで維持されています。

温泉街の規模感としては、商店街・歓楽街・土産物通りは存在せず、ヤマニ仙遊館・不二やホテルが平川沿いに点在する集落型温泉地です。賑やかな繁華街は平川南側の大鰐温泉本体側(駅前の鰐come周辺)に集約されており、蔵館側は大円寺の門前・湯治宿・共同浴場が静かに並ぶ素朴な湯の里という雰囲気。歩行5分圏に主要施設(大円寺・大湯会館・組合加盟2軒)がコンパクトに収まる、徒歩完結型の小規模温泉集落です。

以下、訪問判断のための4要素を整理します。

訪問判断のための4要素

観点 数値・状況 コメント
① 旅館組合加盟数 大鰐温泉旅館組合5軒中、蔵館エリア所在は2軒 ヤマニ仙遊館(1872年創業・国登録有形文化財)/不二やホテル(蔵館川原田63)/組合事務局はヤマニ仙遊館内
② 地理 青森県南津軽郡大鰐町大字蔵館・平川北側 平川を挟んで南側が大鰐温泉エリア。JR大鰐温泉駅から徒歩約10分・橋を渡って蔵館エリアへ
③ 宿の多様性 組合加盟2軒+蔵館財産区管理共同浴場4軒 ヤマニ仙遊館(11室・太宰治静養宿)/不二やホテル/大湯会館(蔵館財産区代表浴場)
④ 温泉街の規模感 平川河畔の鄙びた湯治街・蔵館財産区4軒の共同浴場が点在 大鰐温泉郷の発祥地・大円寺(旧高伯寺)・宗教的中核

規模感 ── 数字で見る蔵館温泉

指標 数値 出典
大鰐温泉郷の泉質 ナトリウム・カルシウム−塩化物・硫酸塩泉 大鰐温泉観光協会公式
源泉温度 68.4℃ 同上
江戸番付登載位置 西-前頭4段目「津軽倉立の湯」「諸病ニ吉」 マザー記事・『諸国温泉功能鑑』文化14年(1817年)以降諸版
蔵館エリア組合加盟旅館 2軒(ヤマニ仙遊館・不二やホテル) 大鰐温泉旅館組合
大鰐町内の共同浴場 9軒(大鰐財産区5軒+蔵館財産区4軒 大鰐町公式情報
蔵館エリア代表共同浴場 大湯会館(蔵館字村岡53-2) 営業6:00-21:00/200円/第2水曜定休
開湯伝説の年代 平安末〜鎌倉初期(円智上人) 古津軽公式
三代藩主湯治年 慶安2年(1649年)津軽信義が御仮屋建設 Wikipedia「大鰐温泉」
大円寺移建年 慶安3年(1650年)高伯寺+大日如来を蔵館に移建 Wikipedia「大円寺」
蔵館村成立年 1889年(明治22年)5村合併(苦木・長峰・駒木・唐牛・蔵館) Wikipedia「蔵館」
大鰐町合併日 1954年(昭和29年)7月1日 Wikipedia「大鰐町」

🎯 数字で見るポイント:蔵館は大鰐温泉郷の宗教的中核(大円寺=大鰐の地名由来となった大阿弥陀坐像の安置場所)にして、江戸期は前頭4段目「諸病ニ吉」、現代も組合事務局・蔵館財産区4浴場が継承する「大鰐温泉郷の発祥地」です。

⚠ 「蔵館」「蔵舘」「倉立」表記の併用に注意

蔵館温泉を調べる際に出くわす表記の揺れを整理します。

表記 主な使用場面 読み
倉立 江戸期『諸国温泉功能鑑』番付登載名「津軽倉立の湯」 くらたて/くらだて
蔵舘 明治〜昭和期・Wikipedia本文の一部 くらだて
蔵館 現代の大鰐町大字名・公式住所表記 くらだて

→ いずれも同じ場所(平川北側エリア)の表記。現代の郵便地名・大字名は「蔵館」(038-0212)で統一されています。


アクセス・施設情報

蔵館温泉へのアクセスは、JR奥羽本線「大鰐温泉駅」または 弘南鉄道大鰐線「大鰐駅」が基本です。両駅とも平川南側に位置するため、蔵館エリアへは橋を渡って徒歩約10分でアクセスします。

項目 内容
住所 青森県南津軽郡大鰐町大字蔵館(〒038-0212)/大湯会館:蔵館字村岡53-2
電話 大鰐温泉観光協会:公式サイト/大鰐交通(タクシー):0172-48-3131
最寄駅 JR奥羽本線「大鰐温泉駅」(1895年開業・特急つがる停車)/弘南鉄道大鰐線「大鰐駅」(1952年開業)
駅から温泉街 大鰐駅南口から橋を渡って徒歩約10分(大湯会館まで)
高速IC 東北自動車道「大鰐弘前IC」から鰐come(駅前地域交流センター)まで車で約10分
駐車場 各旅館に専用駐車場あり/大湯会館は周辺有料駐車場利用

🚉 4ハブ・マルチハブアクセス経路図

蔵館温泉 アクセス経路図(東京駅・新青森駅・青森駅の3ハブ)蔵館温泉 アクセス経路図(東京駅・新青森駅・青森駅の3ハブ)東京駅新青森駅青森駅🚄 東北新幹線はやぶさ約3時間〜3時間20分🚆 特急つがる約40分🚗 自動車約1時間15分🚆 特急つがる約40分🚶 徒歩約10分合計:東京から約3時間50分(新幹線+特急つがる+徒歩)/新青森から約50分(特急つがる+徒歩)青森駅から約1時間25分(自動車経由)/弘前駅から普通列車で約15分車利用は東北自動車道「大鰐弘前IC」から約10分(鰐come経由)

図:東京・新青森・青森の3ハブから新青森駅で特急つがるに乗り換え、大鰐温泉駅まで、徒歩約10分で蔵館エリアへ。

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経路が掴めたら宿の空室・料金もチェック。大鰐温泉駅から徒歩10分、江戸番付「西-前頭4段目」「諸病ニ吉」の津軽倉立の湯です。

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🚖 主要ハブ別 所要時間・料金比較表

ハブ 推奨ルート 所要時間 料金(片道・大人)
新青森駅 特急つがる直通(40分) 約40分 約 1,290円
東京駅 東北新幹線はやぶさ+特急つがる(新青森乗換) 約3時間40〜3時間50分 約 17,470円
仙台駅 東北新幹線はやぶさ(新青森乗換)+特急つがる 約2時間20〜2時間40分 約 13,000円
新潟駅 上越新幹線→大宮→東北新幹線→新青森→特急つがる 約5時間30分〜6時間 約 21,000円
札幌駅 北海道新幹線(新函館北斗)+東北新幹線南下+特急つがる 約5時間30分〜6時間 約 21,000円
弘前駅 JR奥羽本線普通列車 約15分 約 240円
中央弘前駅 弘南鉄道大鰐線 約35分 約 460円
青森駅 自動車(大鰐弘前IC経由) 約1時間15分 高速料金別

用途別チェックリスト

  • 最速・最安(首都圏外) → 弘前駅からJR普通列車(15分・240円)
  • 首都圏から最短 → 東京駅 → 新青森(はやぶさ)→ 特急つがる → 大鰐温泉駅(約3時間50分)
  • 観光気分で → 中央弘前駅から弘南鉄道大鰐線で約35分(津軽の田園風景)
  • 車で行く → 東北自動車道「大鰐弘前IC」から約10分

❄ 冬期凍結注意点

青森県内陸部の気候のため、12月〜3月の積雪・路面凍結は日常的。大鰐温泉スキー場のオープン期(12月下旬〜)と重なります。徒歩で平川の橋を渡る場合は防滑靴・防寒装備必須。在来線は降雪時の遅延・運休もあることから、ルートを2系統用意しておくと安心です。


1泊2日モデル旅程(蔵館+大鰐温泉郷一体)

蔵館温泉単独では半日コースが基本ですが、平川を挟んで南側に大鰐温泉本体が隣接しているため、1泊2日で大鰐温泉郷全体(江戸期2湯)を一体周遊できます。「行ってから何をするか」を時系列で整理します。

モデル旅程:1泊2日 ── 蔵館+大鰐2湯巡り

時刻 行動 場所 滞在時間
1日目 12:30 大鰐温泉駅着(特急つがる) JR奥羽本線
12:45 鰐come(駅前足湯)で休憩・観光案内取得 駅前 30分
13:30 蔵館エリアへ徒歩(橋を渡る) → ヤマニ仙遊館または不二やホテルチェックイン 徒歩約10分 30分
14:30 大円寺(旧高伯寺)参拝 ── 大日如来(=大阿弥陀坐像・国指定重要文化財)拝観 蔵館字村岡12 45分
15:30 大湯会館で日帰り入浴(200円・蔵館財産区代表浴場) 蔵館字村岡53-2 60分
17:00 旅館に戻り温泉・夕食 蔵館エリア
21:00 夜の温泉街散策(平川河畔) 30分
22:00 就寝
2日目 7:00 朝湯(蔵館エリアの旅館源泉68.4℃を加水調整) 60分
8:00 朝食 旅館 60分
9:30 チェックアウト → 平川を渡って大鰐温泉本体へ 徒歩約15分
10:00 大鰐温泉本体の共同浴場巡り・大鰐温泉もやしの直売所 大鰐エリア 90分
11:30 大鰐温泉駅周辺で郷土料理ランチ 駅前 60分
13:00 大鰐温泉駅発(特急つがる) 帰路

周辺観光詳細(文化財制度を区別して明記)

スポット 見学料 所要 文化財制度
大円寺(旧高伯寺) 無料(拝観料は本堂内で別途) 30分 本尊「阿弥陀如来坐像」(高さ4.85m)は国指定重要文化財(大正9年=1920年4月15日 旧国宝指定/戦後重要文化財指定継承)/文化遺産オンライン
ヤマニ仙遊館(本館・土蔵) 宿泊・見学 60分 国登録有形文化財(平成29年=2017年登録)/本館は明治30年(1897年)建築
大湯会館 入浴料200円 60分 文化財指定なし(蔵館財産区代表の伝統的共同浴場)
鰐come(駅前足湯) 無料(足湯)/入浴別途 30分 公共地域交流センター
大鰐温泉本体エリア 各施設による 平川南側・大鰐温泉スキー場・大鰐温泉もやし直売所等

大円寺の本尊についての注記:通称「大日如来」と呼ばれますが、仏像様式は阿弥陀如来坐像。大正9年(1920年)当時の古社寺保存法に基づき旧国宝指定、戦後は文化財保護法のもとで国指定重要文化財として継承されています。この「大阿弥陀」が転訛して「大鰐」の地名由来になったとされる、大鰐温泉郷全体の核心仏像です。


四季の楽しみ方

津軽地方内陸部の気候のため、四季の表情が明確に変わる温泉地です。

季節 見どころ 一言
春(4-5月) 大鰐温泉つつじ祭り(5月中旬〜下旬・約1万5千本)・平川河畔の新緑 残雪の岩木山遠望と津軽の春
夏(6-8月) 丑湯祭(土用・丑の日)大鰐温泉ねぷたまつり(8月初旬) 開湯伝説起源の祭礼と津軽伝統祭
秋(9-11月) 平川河畔の紅葉・阿闍羅山の紅葉狩り 静かな湯治シーズン
冬(12-3月) 大鰐温泉スキー場(12月下旬オープン)・雪見温泉・蔵館財産区共同浴場巡り 標高300m台で雪深く、温泉の保温効果が最大化

丑湯祭(土用・丑の日)

円智上人が受けた大日如来のお告げ「土用・丑の日に大鰐の温泉に入れば病が治る」を起源とする伝統行事。毎年土用・丑の日(夏期)に開催され、大円寺(旧高伯寺)を中心に大鰐温泉郷の開湯の祖を祀ります。蔵館エリアの大円寺が起点となるため、蔵館側に泊まると徒歩圏で参加可能な「年に1度の文化体験」です。

大鰐温泉つつじ祭り(5月中旬〜下旬・約1万5千本)

大鰐町内の公園・神社で、約1万5千本のつつじが一斉開花する春のハイライト。

大鰐温泉ねぷたまつり(8月初旬)

青森ねぶた・弘前ねぷたと同系統の津軽地方伝統のねぷた祭。夏の大鰐温泉郷の風物詩

📢 蔵館温泉の四季を楽しむ宿はこちら(CTA②)

5月つつじ祭り・夏の丑湯祭・8月ねぷた・12月下旬スキー場オープン。四季それぞれの蔵館温泉を、ヤマニ仙遊館(国登録有形文化財)または不二やホテルで。

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ふるさと納税で大鰐町を応援する

大鰐町は楽天ふるさと納税・さとふる等で「大鰐温泉郷」を含む宿泊券・体験返礼品・大鰐温泉もやしを提供しています。江戸番付「津軽倉立の湯」「諸病ニ吉」の蔵館温泉と、平川南側の大鰐温泉本体の双方を含む大鰐温泉郷の温泉文化、そして約400年の伝承野菜「大鰐温泉もやし」を守る大鰐町の取り組みを、ふるさと納税で応援できます。返礼品は時期により変動します。

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泉質と効能 ── ナトリウム・カルシウム−塩化物・硫酸塩泉 68.4℃

蔵館温泉の泉質は、大鰐温泉郷全体と同一系統ナトリウム・カルシウム−塩化物・硫酸塩泉(無色透明・まろやかな湯)で、江戸期から「諸病に効く湯」として評価されてきました。

地区基本データ(公式)

項目 数値 出典
泉質 ナトリウム・カルシウム−塩化物・硫酸塩泉(旧称:含食塩−芒硝泉) 大鰐温泉観光協会大鰐温泉旅館組合
源泉温度 68.4℃ 大鰐温泉観光協会
無色透明・まろやかな湯 同上
大鰐町内共同浴場数 9軒(大鰐財産区5軒+蔵館財産区4軒 大鰐町公式
蔵館エリア代表浴場 大湯会館(蔵館字村岡53-2) 大鰐町公式

施設別 加水・加温・循環・消毒の処理一覧(蔵館エリア)

施設 源泉 泉温 加水 加温 循環 消毒
ヤマニ仙遊館 大鰐温泉郷源泉系統 68.4℃(入浴温度調整) △(高温対策) × × ×
不二やホテル 同上 同上 △(高温対策) × × ×
大湯会館(共同浴場) 同上 同上 △(高温対策) × × ×

→ いずれも高温源泉のため水で温度調整する場合あり。加温・循環・消毒は基本なしの本格的な湯。

効能(療養泉適応症・薬機法注意)

浴用適応症(大鰐温泉観光協会公式)

  • 神経痛・筋肉痛・関節痛・五十肩
  • 疲労回復・冷え性・打ち身
  • 慢性消化器病・慢性皮膚病・慢性婦人病
  • 動脈硬化症・切り傷・やけど・痔疾

江戸期『諸国温泉功能鑑』の評価(一次史料)

諸病ニ吉」(諸病によし)── 西-前頭4段目「津軽倉立の湯」

蔵館温泉は江戸期に 「諸病ニ吉」=多様な病に効く湯治湯として評価された経緯があります。これは塩化物泉の保温効果硫酸塩泉の創傷治癒・動脈硬化症への効能を併せ持つ複合泉質の特性とも整合する評価です。

⚠ 本記事の効能記述は環境省「鉱泉分析法指針」に基づく一般適応症であり、医薬品的な効能を保証するものではありません。個別の症状については医師にご相談ください。

蔵館財産区の独自管理体制

大鰐町内の共同浴場9軒のうち、蔵館財産区が4軒を独自管理しているのは、1954年の大鰐町合併以降も蔵館エリアが温泉資源の独立管理体制を維持している重要な事実です。代表的な共同浴場は大湯会館(蔵館字村岡53-2・営業6:00-21:00・大人200円・第2水曜定休)で、青森県公式観光情報サイト「Amazing AOMORI」にも掲載されている蔵館エリア最古級の公衆浴場です。

📢 蔵館温泉源泉68.4℃を体験できる宿(CTA③)

大鰐温泉郷の同一源泉系統68.4℃を、国登録有形文化財のヤマニ仙遊館・蔵館エリアの不二やホテルで。江戸番付「諸病ニ吉」と評された塩化物・硫酸塩泉の薬効を実感してください。

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江戸期温泉番付『諸国温泉功能鑑』── 西-前頭4段目「津軽倉立の湯」「諸病ニ吉」

蔵館温泉は、江戸時代の温泉番付『諸国温泉功能鑑』「津軽倉立の湯」として 西-前頭4段目「諸病ニ吉」の位置で登載されています。

番付の概要

『諸国温泉功能鑑』は江戸時代の温泉番付の代表格。原版は文化9〜14年(1812-1817年)鳥瞰図形式で京都成立。弘化2年(1845年)改訂版(鳥瞰図形式・31×49cm)、嘉永4年(1851年)ほか複数回再刻されました。

番付ポジション

項目 内容
表記 津軽倉立の湯
番付の位置 西-前頭4段目
効能注記 諸病ニ吉(諸病によし)
比定地 蔵館温泉(青森県南津軽郡大鰐町大字蔵館)
番付作成年 文化14年(1817年)以降の諸版

Wikipedia「大鰐温泉」での裏付け

「西の前頭として記載されている津軽倉立の湯は大鰐温泉北側の旧蔵舘町エリアの古称である」

「西の前頭として記載されている津軽倉立の湯」は「大鰐温泉北側の旧蔵舘町エリア(=現在の蔵館エリア)」の古称であると明記されています。

同番付内での大鰐温泉本体との対比

温泉地 番付登載名 ポジション 効能
蔵館温泉(本記事) 津軽倉立の湯 西-前頭4段目 諸病ニ吉
大鰐温泉(隣接) 津軽大鰐の湯 行司格(別格) 別格扱い

→ 同一町内(江戸期は別村)でありながら、番付ポジションに明確な階層差があります。大鰐側は藩主直営の御茶屋・御仮屋が置かれた格式高い湯治場(行司格)蔵館側は前頭中堅クラスの実用的湯治湯(諸病ニ吉)と位置付けられていました。

「諸病ニ吉」の意味

諸病に良し」は江戸期の温泉番付効能注記の中で比較的高い評価を意味します。塩化物泉特有の保温効果と硫酸塩泉特有の湯治効果を併せ持つ蔵館の複合泉質が、多様な病状に効く実用的湯治湯として全国的に認知されていた証左です。


円智上人と大日如来の開湯伝説(大鰐全体の系譜)

蔵館温泉の開湯伝説は、大鰐温泉郷全体の発祥を成す重要な系譜です。

開湯伝説の概要

項目 内容
開湯年代 平安末〜鎌倉初期・約830年前
発見者 円智上人(高伯寺=大円寺の開山)
本尊 大日如来(仏像様式は阿弥陀如来坐像)
お告げの内容 「この地に温泉あり。土用・丑の日に沐浴すべし」
場所 蔵館(高伯寺建立中の地)

古津軽公式(青森県観光連盟系)の伝承

「平安末〜鎌倉初期、東国行脚中の円智上人が本尊の大日如来(実は阿弥陀如来)を移奉すべ蔵館に高伯寺を建立中、病に倒れました。その時、夢に『この地に温泉あり。土用・丑の日に沐浴すべし。』」というお告げを受け、これに従って病が治った」

開湯の舞台はまさに蔵館であり、円智上人が蔵館に高伯寺を建立中に病を得て、大日如来のお告げで温泉が発見されたと伝わります。大鰐温泉郷全体の開湯発祥地は蔵館側にあるという事実は、江戸期番付の番付ポジション以上に重要な蔵館温泉の歴史的アイデンティティです。

大円寺(旧高伯寺)の所在と文化財

項目 内容
所在地 青森県南津軽郡大鰐町蔵館字村岡12
本尊 阿弥陀如来坐像(通称:大日如来・高さ4.85m)
文化財制度 国指定重要文化財(大正9年=1920年4月15日 旧国宝指定/戦後継承)/文化遺産オンライン
建久2年(1191年) 鎌倉時代に阿闍羅山千坊と称された神岡山の高伯寺に本尊大日如来を移建
慶安3年(1650年) 津軽藩三代藩主・津軽信義により高伯寺と本尊大日如来を蔵館の現在地に移建

文化財制度の区別注記:大円寺の阿弥陀如来坐像は「国指定重要文化財」(重文)であり、「国宝」「国登録有形文化財」「県指定」「町指定」とは異なる制度です。大正9年(1920年)当時の古社寺保存法に基づく旧国宝指定が、戦後の文化財保護法のもとで重要文化財として継承されています。

「大阿弥陀」が「大鰐」の地名由来

「この像を『大阿弥陀』と呼んでいたものが転嫁して『大鰐』になったとされる」(Wikipedia「大円寺」)

蔵館に安置されている大阿弥陀坐像(重要文化財)こそが、地名「大鰐」の由来となった核心仏像。大鰐温泉郷全体の宗教的中核は蔵館側にあるという事実が、地名史と仏像史の両方から裏付けられます。

📢 円智上人開湯の地・大円寺門前の宿はこちら

大日如来お告げで発見された大鰐温泉郷の発祥地・蔵館。「大阿弥陀」=「大鰐」地名由来の重要文化財を擁する大円寺の門前で、開湯約830年の名湯を体感してください。

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「倉立」と「蔵館(くらだて)」── 地名変遷の文化史

蔵館エリアの地名は、江戸期の「倉立」から明治以降の「蔵舘」「蔵館」へと表記が変遷してきました。

地名表記の変遷

時期 表記 主な使用場面
江戸期(1817年以降諸版) 倉立(くらたて/くらだて) 『諸国温泉功能鑑』番付登載名「津軽倉立の湯」
明治〜昭和期 蔵舘(くらだて) Wikipedia本文の一部・古文書
現代(公式) 蔵館(くらだて) 大鰐町大字名・郵便地名(〒038-0212)・公式住所表記

江戸期『諸国温泉功能鑑』での表記

蔵館温泉は江戸時代の温泉番付『諸国温泉功能鑑』に「津軽倉立の湯」として登載されています。「倉立」表記は江戸期の旧称であり、現代の「蔵館」表記とは同一地点を指します

Wikipedia「大鰐温泉」の記述:

「西の前頭として記載されている津軽倉立の湯は大鰐温泉北側の旧蔵舘町エリアの古称である」

→ 江戸期の「倉立」、戦前の「蔵舘」、現代の「蔵館」── これらはいずれも同じ平川北側エリアを指す表記の揺れであり、温泉地としての連続性は江戸期から現代まで保たれています。

現代の公式表記が「蔵館」になった経緯

  • 大鰐町大字名:蔵館(038-0212)
  • 大円寺所在地:「青森県南津軽郡大鰐町蔵館字村岡12」
  • ヤマニ仙遊館所在地:「青森県南津軽郡大鰐町蔵館村岡47-1」
  • 不二やホテル所在地:「青森県南津軽郡大鰐町蔵館川原田63」

現代の郵便地名・大字名・主要施設住所はいずれも「蔵館」で統一されており、これが大鰐町・郵政省・国土地理院の公式表記となっています。Wikipedia本文等で散見される「蔵舘」表記は、戦前の歴史的表記の名残として併存しています。

📖 さらに詳しく:「倉」「蔵」「舘」「館」── 漢字使い分けの文化史的背景

江戸期に「倉立」が使われ、明治以降「蔵舘」「蔵館」へ移行した背景には、漢字の用法選択があります。「倉」は穀物を貯える素朴な収蔵庫を示すのに対し、「蔵」は土蔵・酒蔵・宝蔵など格式ある建物を意味する漢字。明治期の地名整理で「より格式の高い地名表記」を志向した自治体・郵政当局の判断が、「倉立」→「蔵舘」「蔵館」への移行を促したと考えられます。「舘」は「館」の異体字で、戦後の常用漢字制定(1946年)の流れの中で公式表記が「館」へ統一されました。江戸期『諸国温泉功能鑑』の「倉立」表記は、当時の地元呼称をそのまま音写したものと推測され、漢字の表記揺れは温泉地の連続性そのものを否定するものではなく、むしろ約400年にわたる地名史の濃淡を示す資料的価値があります。


1954年合併以前の蔵館村史と弘前藩湯治場

蔵館エリアは1954年(昭和29年)7月1日の大鰐町合併以前は独立した自治体であり、江戸期は弘前藩(津軽藩)の重要な湯治場でした。

蔵館村〜蔵館町〜大鰐町合併の年表

出来事 出典
1889年(明治22年) 町村制施行・苦木・長峰・駒木・唐牛・蔵館の5村が合併して「蔵館村」成立 Wikipedia「蔵館」
1923年(大正12年) 平川南側の大鰐村が町制施行・大鰐町成立 Wikipedia「大鰐町」
1951年(昭和26年) 蔵館村が町制施行・「蔵館町」成立 Wikipedia「蔵館」
1954年(昭和29年)7月1日 大鰐町と蔵館町が合併・新「大鰐町」発足(面積156.41k㎡) Wikipedia「大鰐町」

1889年5村合併の意義

明治22年の町村制施行に伴い、苦木・長峰・駒木・唐牛・蔵館の5村が合併して新たな「蔵館村」が誕生しました。これにより「蔵館」は単独の集落名から、5村を統合する地域名へと拡大しました。現在の大鰐町大字「蔵館」は、この明治22年成立の蔵館村のレガシーを継承しています。

弘前藩三代藩主・津軽信義の湯治と寺院移建

蔵館エリアの江戸期史で最重要な事実が、弘前藩三代藩主・津軽信義(1619-1655)による湯治と寺院移建です。

出来事
慶安2年(1649年) 津軽信義が蔵館に御仮屋(おかりや)を建てて湯治
慶安3年(1650年) 高伯寺と本尊大日如来(=阿弥陀如来坐像)を蔵館の現在地(蔵館字村岡12)に移建

慶安2年の信義公湯治と、翌慶安3年の高伯寺・大日如来の蔵館移建は一連の事業として行われました。蔵館エリアは単なる湯治場ではなく、藩主の宗教的・統治的拠点としても整備された場所である点が、近隣の大鰐温泉本体(行司格・藩主御仮屋設置)とともに津軽藩湯治文化の中核を成す事実です。

1916年青柳橋開通以前 ── 蔵館と大鰐は橋で隔てられた別世界

青森県公式「青森県近現代史の玉手箱04『橋と川の街〜大鰐温泉』」:

「1954年の合併まで、平川により北側が蔵館村、南側が大鰐村(1923年に町制施行)に分かれていました。」
「ヤマニ仙遊館と不二や旅館は『蔵館村の温泉宿』であり、後藤旅館は『大鰐町側』にありました。」
1916(大正5)年に青柳橋ができるまでは、相生橋だけでした

→ 1916年(大正5年)の青柳橋開通以前は唯一の橋が相生橋のみで、両温泉地の往来は限定的。蔵館と大鰐は物理的にも行政的にも独立した温泉地として運営されていました。

現代の「橋の町・大鰐」

「ヤマニ仙遊館から大鰐駅付近の約1キロメートル間に『青柳橋、中の橋、月見橋、相生橋、夏沢橋、羽黒橋、虹の大橋』の7つの橋があります。」(青森県公式)

合併後の急速なインフラ整備で、約1km区間に7橋が架けられ「橋の町」と呼ばれるに至りました。現代の蔵館エリアは大鰐温泉本体と徒歩で気軽に往来できるようになっています。

📖 さらに詳しく:1889年に蔵館村へ合併した5村(苦木・長峰・駒木・唐牛・蔵館)の素顔

明治22年(1889年)の町村制施行で蔵館村に統合された5村は、いずれも平川北側の小集落でした。苦木(にがき)は古くからの農耕地で、現在も大鰐町大字苦木として残る地名。長峰(ながみね)は阿闍羅山系の山麓に位置する集落で、農林業が中心。駒木(こまき)は馬産と関わる地名と伝わり、津軽地方の馬文化の名残を示します。唐牛(からうし)は近代に学生運動家・唐牛健太郎の出身地としても知られる地名。これら4村と「蔵館」が町村制施行を契機に統合され、温泉地としての「蔵館」が地域行政名へと拡大しました。さらに1951年の町制施行で「蔵館町」、1954年の大鰐町合併で旧蔵館町域は大鰐町の北半分となり、現在に至ります。蔵館温泉=現在の大字「蔵館」エリアは、この130年余の自治体合併史の延長線上にあります。


大鰐温泉郷との一体運営 ── 隣接温泉地ガイド

1954年合併以降の蔵館温泉は、平川南側の大鰐温泉本体と一体で「大鰐温泉郷」として運営されています。両エリアの違いと共通点を整理します。

蔵館と大鰐の対比表

項目 蔵館温泉(津軽倉立の湯・本記事) 大鰐温泉(津軽大鰐の湯)
位置 平川北側 平川南側
江戸期番付 西-前頭4段目「諸病ニ吉」 行司格・別格扱い(熱海温泉と並ぶ)
江戸期村名 蔵館村(1889年5村合併で成立) 大鰐村(1923年町制施行)
主要寺院 大円寺(旧高伯寺・大日如来=国指定重要文化財) 薬師堂(為信公伝承)
組合加盟旅館 ヤマニ仙遊館・不二やホテル(2軒) 昇泉閣紅葉館・きしもと・界津軽(3軒)
共同浴場 大湯会館ほか4軒(蔵館財産区) 若松会館・青柳会館ほか5軒(大鰐財産区)
特色 大鰐温泉郷の発祥地・宗教的中核 藩主湯治場・スキー発祥地・温泉もやし

一体運営の象徴 ── 大鰐温泉旅館組合

1954年合併以降、両エリアの旅館は大鰐温泉旅館組合のもとに統合され、現在5軒で構成されます。組合事務局は蔵館側のヤマニ仙遊館内(蔵館村岡47-1)に置かれており、蔵館が組合運営の中核を担っています。

独立を保つ要素 ── 蔵館財産区

一方で、蔵館財産区が独立して4軒の共同浴場を管理している事実は、1954年合併後も蔵館エリアが独自の財産管理体制を維持していることを示します。これは、合併=完全統合ではなく、蔵館独自の温泉文化的アイデンティティが現代も生きている重要な根拠です。

2湯セット周遊の推奨

平川を挟んで南北に分かれる2湯ですので、両方訪問することで江戸期の大鰐エリア全体像が完成します。北側(蔵館エリア)ではヤマニ仙遊館・大円寺・大湯会館南側(大鰐温泉本体)では不二やホテル系の温泉街・大鰐温泉スキー場・大鰐温泉もやしの直売所を巡るコースが理想です。徒歩で平川の橋を渡れば両湯を1日で体験可能です。

📖 さらに詳しく:「大鰐温泉郷」という統合ブランドの戦略的意味

1954年の合併後、両エリアの観光資源を「大鰐温泉郷」として統合PRする戦略がとられました。これは、江戸期の番付では行司格扱いだった大鰐温泉本体の知名度と、開湯発祥地としての宗教的・歴史的重みを持つ蔵館エリアの両資源を、一つの温泉地ブランドとして相乗活用する狙いがあります。一方で、楽天トラベル・じゃらんnet等の宿泊予約サイトでも蔵館の旅館は「大鰐温泉」エリアで統合掲載されており、観光流通上は両エリアの区別が見えにくくなっています。本記事のように「江戸期の独立2湯」「平川を挟む2集落」という視点で蔵館を独立に紹介することは、温泉地ブランドの多層性を読み解く上で重要な視座を提供します。大鰐温泉旅館組合の事務局が蔵館側のヤマニ仙遊館内に置かれている事実、蔵館財産区が4浴場を独立管理している事実は、合併後70年を経ても「完全な単一温泉地化」が完成していないことの証左でもあります。


旅館組合5軒中蔵館2軒(ヤマニ仙遊館・不二やホテル)紹介

大鰐温泉旅館組合加盟5軒のうち、蔵館エリア(平川北側)に位置する旅館は「ヤマニ仙遊館」「不二やホテル」の2軒です。

大鰐温泉旅館組合 加盟5軒の所在地一覧

# 旅館名 所在地 エリア
1 ヤマニ仙遊館 〒038-0212 青森県南津軽郡大鰐町蔵館村岡47-1 蔵館
2 不二やホテル 〒038-0212 青森県南津軽郡大鰐町蔵館川原田63 蔵館
3 昇泉閣 紅葉館 〒038-0211 青森県南津軽郡大鰐町大鰐大鰐171-1 大鰐
4 旅館きしもと 〒038-0211 青森県南津軽郡大鰐町大鰐大鰐86-1 大鰐
5 界 津軽 〒038-0211 青森県南津軽郡大鰐町大鰐字上牡丹森36-1 大鰐

出典:大鰐温泉旅館組合公式

ヤマニ仙遊館 ── 蔵館エリアの代表旅館・国登録有形文化財

ヤマニ仙遊館公式サイト(senyukan.com):

項目 内容
所在地 〒038-0212 青森県南津軽郡大鰐町蔵館村岡47-1
創業 明治5年(1872年) ── 大鰐温泉郷で最も古い旅館
現本館建築 明治30年(1897年)建築
文化財指定 国登録有形文化財平成29年=2017年登録・本館と土蔵)
客室数 11室(要一次裏取り)

太宰治ゆかりの宿

ヤマニ仙遊館は、太宰治が自殺未遂後、実母の津島タ子と二人で約三週間静養した宿として知られます。

「太宰治が自殺未遂後、実母の津島タ子と二人で静養の時を過ごしたのがヤマニ仙遊館で、季節は師走の中頃から約三週間滞在したと言われています。」
「森鴎外の師としても知られる漢文学者の依田学海、南満州鉄道初代総裁の後藤新平、詩人大町桂月が宿泊した記録もあります」

大鰐温泉旅館組合事務局所在

ヤマニ仙遊館内には大鰐温泉旅館組合の事務局が置かれています:

「〒038-0212 青森県南津軽郡大鰐町大字蔵館字村岡47-1 ヤマニ仙遊館内事務局」

→ 蔵館エリアが大鰐温泉郷の組合運営の中核を担っている象徴的事実です。

不二やホテル ── 蔵館エリアのもう1軒の主要旅館

項目 内容
所在地 〒038-0212 青森県南津軽郡大鰐町蔵館川原田63
エリア 蔵館(平川北側・ヤマニ仙遊館に近接)

ヤマニ仙遊館に近接する蔵館エリアの主要旅館。大鰐温泉本体記事でも「現役旅館の代表」として位置付けられており、蔵館エリアの宿泊拠点の一つです。

大湯会館 ── 蔵館財産区の代表共同浴場

項目 内容
所在地 青森県南津軽郡大鰐町大字蔵館字村岡53-2
営業時間 6:00〜21:00
定休日 第2水曜日
料金 中学生・大人 200円/小学生 80円
徒歩アクセス JR大鰐温泉駅南口から徒歩約10分
掲載 青森県公式観光情報サイト「Amazing AOMORI」

蔵館財産区が管理する4軒の共同浴場のうち、最も歴史的で代表的な公衆浴場江戸期から続く蔵館の湯治文化の伝統を、200円で気軽に体験できる蔵館エリアの宝物的存在です。

重要:宿泊予約サイトの取り扱い

蔵館エリアの旅館(ヤマニ仙遊館・不二やホテル)は、楽天トラベル・じゃらんnet等の予約サイトでは「大鰐温泉」エリアで統合掲載されています。蔵館独自のエリア枠は存在せず、大鰐温泉として一体管理されている点に留意してください。

  • 楽天トラベル:「大鰐温泉 登録有形文化財の宿 ヤマニ仙遊館」として掲載
  • じゃらんnet:「登録有形文化財の宿 ヤマニ仙遊館」(yad316808)として掲載
  • 日本文化遺産を守る会公式予約サイト:providerId=859として掲載

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蔵館エリアの旅館は楽天トラベル・じゃらんnetでは「大鰐温泉」枠で掲載。明治5年創業・国登録有形文化財のヤマニ仙遊館、近接する不二やホテルから選べます。

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よくある質問(FAQ・10問)

# Q A
1 蔵館温泉と大鰐温泉はどう違いますか? 江戸時代は別の温泉地でした。蔵館温泉(津軽倉立の湯)は平川北側・西-前頭4段目「諸病ニ吉」大鰐温泉(津軽大鰐の湯)は平川南側・行司格(別格)として、同じ『諸国温泉功能鑑』に独立した2つの温泉地として登載されていました。1954年(昭和29年)7月1日の大鰐町合併により両温泉地が一体化し、現代では「大鰐温泉郷」として統一されています。
2 蔵館エリアには何軒の宿がありますか? 大鰐温泉旅館組合加盟5軒のうち蔵館エリア所在は2軒(ヤマニ仙遊館・不二やホテル)。組合事務局はヤマニ仙遊館内に置かれており、蔵館が大鰐温泉郷組合運営の中核です。
3 ヤマニ仙遊館の文化財指定はいつ? 平成29年(2017年)に本館と土蔵が国登録有形文化財に指定されました。本館の建築は明治30年(1897年)、創業は明治5年(1872年)で、大鰐温泉郷で最も古い旅館です。
4 蔵館エリアの共同浴場はどこ? 蔵館財産区が管理する4軒のうち、代表が大湯会館(蔵館字村岡53-2・営業6:00-21:00・大人200円・第2水曜定休)。大鰐温泉駅南口から徒歩約10分です。
5 「倉立」と「蔵館」は同じ場所? 同じ平川北側エリアの表記の揺れです。江戸期『諸国温泉功能鑑』の番付登載名は「倉立」、明治〜昭和期は「蔵舘」表記も併用、現代の大鰐町大字名・公式住所は「蔵館」で統一されています。読みはいずれも「くらだて」です。
6 大鰐温泉郷の開湯発祥地はどこ? 蔵館です。古津軽公式によれば、平安末〜鎌倉初期に円智上人が蔵館に高伯寺(現・大円寺)を建立中に病を得て、大日如来のお告げ「土用・丑の日に沐浴すべし」で温泉を発見したとされます。大鰐温泉郷全体の開湯発祥地は蔵館側にあります。
7 大円寺は何が見どころ? 本尊「阿弥陀如来坐像」(通称:大日如来・高さ4.85m)が国指定重要文化財(大正9年=1920年4月15日 旧国宝指定/戦後継承)。この「大阿弥陀」が転訛して「大鰐」の地名由来になったとされる、大鰐温泉郷全体の核心仏像です。所在地は蔵館字村岡12。
8 太宰治が泊まった宿はどれ? ヤマニ仙遊館です。太宰治が自殺未遂後、実母の津島タ子と二人で約三週間静養したと伝わります。森鴎外の師・依田学海、南満州鉄道初代総裁・後藤新平、詩人・大町桂月の宿泊記録もあります。
9 弘前藩との関係は? 慶安2年(1649年)に三代藩主・津軽信義が蔵館に御仮屋を建てて湯治、翌慶安3年(1650年)に高伯寺と本尊大日如来を蔵館の現在地(蔵館字村岡12)に移建しました。蔵館は藩主の宗教的・統治的拠点として整備された経緯があります。
10 蔵館エリアと大鰐温泉本体を1日で巡れる? 可能です。平川を挟んで南北に分かれていますが、青柳橋・相生橋ほか7橋が架かっており、徒歩で約15分程度。蔵館側に1泊し、翌日に大鰐温泉本体の共同浴場や大鰐温泉もやし直売所を巡る1泊2日の周遊が理想的です。

まとめ

蔵館温泉は、江戸時代の温泉番付『諸国温泉功能鑑』に「津軽倉立の湯」(西-前頭4段目「諸病ニ吉」)として登載された、青森県南津軽郡大鰐町・平川北側の旧蔵館村エリアの温泉地です。平安末〜鎌倉初期に円智上人が蔵館に高伯寺を建立中、大日如来のお告げ「土用・丑の日に沐浴すべし」で発見したと伝わる 大鰐温泉郷全体の開湯発祥地であり、慶安2年(1649年)に弘前藩三代藩主・津軽信義が御仮屋を建てて湯治、翌慶安3年(1650年)に高伯寺と本尊大日如来を蔵館の現在地に移建した、藩主の宗教的・統治的拠点としても整備されました。

  • 江戸番付『諸国温泉功能鑑』西-前頭4段目「津軽倉立の湯」「諸病ニ吉」
  • 大鰐温泉郷の開湯発祥地(円智上人の蔵館高伯寺建立中の病・大日如来お告げ)
  • 大円寺(旧高伯寺)の本尊「阿弥陀如来坐像」(通称:大日如来・国指定重要文化財・大正9年旧国宝指定)── 「大阿弥陀」が「大鰐」の地名由来
  • ヤマニ仙遊館(明治5年=1872年創業・国登録有形文化財・平成29年=2017年指定・太宰治静養宿)
  • 蔵館財産区が独立管理する共同浴場4軒(代表:大湯会館・200円)
  • 1889年5村合併で成立した蔵館村・1951年蔵館町・1954年大鰐町合併の自治体史

「江戸期の独立温泉地でありながら、合併後も独自の温泉文化的アイデンティティを保持し続ける」点が、蔵館温泉の現代的価値の核心です。組合事務局はヤマニ仙遊館内に置かれ、蔵館財産区が共同浴場4軒を管理し、宗教的中核の大円寺(=大鰐の地名由来仏像の安置場所)も蔵館側にあります。

平川を挟んで南側の大鰐温泉本体(津軽大鰐の湯・行司格)と合わせて、江戸期の大鰐エリア2湯を1泊2日で周遊することで、江戸期の独立2温泉地→1954年合併→現代の大鰐温泉郷という稀有な温泉地統合史を、現地の橋・寺院・旅館・共同浴場を通じて体感できます。津軽の奥座敷で歴史と泉質の両方を味わいたい方にこそ、おすすめしたい温泉地です。

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江戸番付「西-前頭4段目」「諸病ニ吉」の津軽倉立の湯・大鰐温泉郷の発祥地・大円寺の重要文化財・国登録有形文化財のヤマニ仙遊館。蔵館エリアの旅館をぜひ体感してください。

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参考資料・出典

一次史料・公式(最優先)

  1. 大鰐温泉観光協会「大鰐の湯っこ」 ── 泉質「ナトリウム・カルシウム−塩化物・硫酸塩泉」・源泉温度68.4℃・適応症一覧
  2. 大鰐温泉観光協会「アクセス」 ── 周辺都市からの自動車所要時間・大鰐交通タクシー連絡先
  3. 大鰐温泉旅館組合「大鰐温泉」 ── 泉質「塩化物-硫酸塩泉」・組合事務局所在地
  4. 大鰐温泉旅館組合「宿・ホテル」 ── 加盟5軒の所在地・蔵館2軒/大鰐3軒の区別
  5. ヤマニ仙遊館公式 ── 明治5年創業・明治30年建築・国登録有形文化財・太宰治宿泊歴
  6. 青森県公式観光情報サイト「Amazing AOMORI」大湯会館
  7. 古津軽(青森県観光連盟系)「津軽の奥座敷、昭和レトロの温泉ロマン」 ── 円智上人の蔵館高伯寺建立・大日如来お告げ
  8. 文化遺産オンライン「木造阿弥陀如来坐像(大円寺)」 ── 国指定重要文化財・大正9年4月15日旧国宝指定
  9. マザー記事「温泉番付(江戸時代)を今の温泉名にして地図に表記!」 ── 『諸国温泉功能鑑』「津軽倉立の湯」西-前頭4段目「諸病ニ吉」
  10. 早稲田大学風陵文庫『諸国温泉功能鑑』 ── 一次史料デジタル公開
  11. 東京都立図書館「諸国温泉鑑」 ── 弘化2年改訂版(鳥瞰図形式)

二次情報

  1. Wikipedia「蔵館」 ── 1889年5村合併・1951年町制・1954年大鰐町合併
  2. Wikipedia「大鰐町」 ── 1954年7月1日合併日付・合併後面積156.41k㎡
  3. Wikipedia「大鰐温泉」 ── 「津軽倉立の湯」=旧蔵舘町エリアの古称・1649年信義公湯治
  4. Wikipedia「大円寺(青森県大鰐町)」 ── 所在地・1191年高伯寺移建・1650年信義の現在地移建・大阿弥陀→大鰐地名由来
  5. Wikipedia「大鰐温泉駅」 ── JR奥羽本線1895年開業・弘南鉄道1952年開業・特急つがる停車
  6. 青森県公式「青森県近現代史の玉手箱04 橋と川の街〜大鰐温泉」 ── 平川北側蔵館村・南側大鰐村・1916年青柳橋開通以前は相生橋のみ
  7. SMILE LOG「ヤマニ仙遊館・太宰治静養3週間」
  8. じゃらんnet ヤマニ仙遊館ページ
  9. 楽天トラベル大鰐温泉エリア
  10. じゃらんnet大鰐温泉エリア

執筆:がや

温泉番付に登載された全国の名湯を、一次史料と公式情報を突き合わせて紹介する温泉ライター。江戸期『諸国温泉功能鑑』に登載された名湯を中心に、開湯伝説・泉質・宿泊事情を実地と公式情報で検証して執筆中(蔵館温泉は大鰐温泉郷の北側エリアとして大鰐温泉観光協会・ヤマニ仙遊館・大円寺・古津軽公式等の一次史料を多角的に交差検証)。本記事はマザー記事「温泉番付(江戸時代)を今の温泉名にして地図に表記!」から派生した青森県の温泉地紹介記事で、大鰐温泉ガイドと対をなす「江戸期 大鰐エリア2湯」の北側(津軽倉立の湯)としてまとめました。

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