箱根・堂ヶ島温泉ガイド|江戸番付『相州堂ヶ島の湯』×夢窓国師開湯・約700年の歴史と早川渓谷の幽玄秘湯

神奈川県足柄下郡箱根町・宮ノ下温泉の崖下に位置する早川渓谷の谷底箱根七湯の最後の1湯にあたる場所に、江戸時代の温泉番付『諸国温泉功能鑑』に「相州堂ヶ島の湯」(東-前頭4段目)として登載された名湯があります ── 堂ヶ島温泉(どうがしまおんせん) です。

堂ヶ島温泉は、鎌倉末期〜室町初期(13世紀末〜14世紀前半)に夢窓国師(夢窓疎石・1275-1351)が開いたと伝わる、約700年の歴史を持つ古湯。箱根町観光協会は公式キャッチコピーに「名僧ゆかりの幽玄な秘湯」を掲げ、江戸期には大和屋・奈良屋・近江屋・丸屋・江戸屋の5軒の湯宿が並ぶ繁栄を誇りました。昭和〜平成期には晴遊閣大和屋ホテルと対星館花かじかの2軒が長く営業しましたが、2013年8月に両宿とも営業終了 ── 現在は宿泊施設が稼働していない「幻の温泉地」となっています。早川渓谷沿いの遊歩道と木の葉隠れの滝を訪ね、夢窓国師の名跡を偲ぶ歴史散策こそが、現代の堂ヶ島温泉の楽しみ方です。

この記事では、がやが一次史料と公式情報を読み解きながら、「相州堂ヶ島の湯」=堂ヶ島温泉に特化した独自の歴史と魅力を完全紹介します。🎉 本記事の公開により、箱根七湯(湯本・塔之沢・宮ノ下・堂ヶ島・底倉・木賀・芦之湯)すべての記事化が完結し、がやのシリーズ史上最大のマイルストン「箱根七湯コンプリート」を達成します。

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📌 本記事は「一次史料統合ガイド」(堂ヶ島温泉特化)です
がやは堂ヶ島温泉の旅館に宿泊した経験はありません(現在は宿泊施設が稼働中ではないため、誰も新たに宿泊することが困難な温泉地です)。本記事は新Phase 1プロトコル(Google上位10サイト深掘り)で一次史料・Wikipedia・箱根町観光協会・文化遺産オンラインの公式情報を読み解いて執筆した完全ガイドです。

執筆:がや

会社の出張で過去20年、全国を飛び回り、各地のビジネスホテルや温泉地の旅館に宿泊してきた執筆者。趣味でも温泉巡りを続け、温泉宿は通算200泊以上。歴史好きで、温泉地周辺の歴史的建造物や文化財も合わせて訪ねてきました。江戸期温泉番付の現物(弘化2年改訂版『諸國温泉鑑』・鳥瞰図形式)を所有。江戸時代の温泉番付『諸国温泉功能鑑』を起点に、登載された温泉地を一つずつ訪ね、文献と現地を照らし合わせながら歴史的視点で記事化しています。本記事はマザー記事「温泉番付(江戸時代)を今の温泉名にして地図に表記!」から派生した第22号で、第2号「箱根温泉ガイド」から派生した箱根温泉シリーズの最終章・「箱根七湯コンプリート達成記念号」となります。堂ヶ島温泉自体の旅館宿泊経験はありませんが、近接する宮ノ下・底倉・木賀方面は車・電車で繰り返し訪問しており、早川渓谷の景観は徒歩で観察してきました。

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📑 目次

  1. 早川渓谷の谷底・名僧ゆかりの幽玄な秘湯、堂ヶ島温泉とは
  2. 江戸の温泉番付に登載された「相州堂ヶ島の湯」
  3. 泉質:ナトリウム-塩化物泉
  4. 夢窓国師の開湯 ── 鎌倉末期〜室町初期・約700年の歴史
  5. 夢窓疎石(1275-1351)── 後醍醐天皇/足利尊氏から信仰された臨済宗黄金時代の名僧
  6. 江戸期の5軒の湯宿 ── 大和屋・奈良屋・近江屋・丸屋・江戸屋
  7. 晴遊閣大和屋ホテル+対星館花かじか ── 昭和の名宿と2013年8月の休館
  8. 大正時代の堂ヶ島 ── 文化遺産オンライン「絵葉書 箱根温泉所 堂ヶ島」が伝える往時の景観
  9. 堂ヶ島渓谷遊歩道と木の葉隠れの滝
  10. 早川渓谷沿いの秘湯地理 ── 宮ノ下崖下の谷底温泉
  11. 「名僧ゆかりの幽玄な秘湯」── 公式キャッチコピーの背景
  12. 箱根七湯の他湯との関係
  13. アクセス・施設情報
  14. 訪問前に知っておきたい注意事項
  15. Q&A(よくあるご質問)
  16. まとめ:🎉 箱根七湯コンプリート達成 ── 堂ヶ島の幽玄が締めくくるシリーズ最終章

📌 この記事で分かること

  • 江戸の温泉番付『諸国温泉功能鑑』に「相州堂ヶ島の湯」(東-前頭4段目)として登載された堂ヶ島温泉の歴史
  • 鎌倉末期〜室町初期に夢窓国師(夢窓疎石・1275-1351)が開いた約700年の歴史
  • 夢窓国師の偉業:臨済宗黄金時代・後醍醐天皇/足利尊氏から信仰された名僧
  • 江戸期の5軒の湯宿(大和屋・奈良屋・近江屋・丸屋・江戸屋)と明治・昭和の変遷
  • 晴遊閣大和屋ホテル+対星館花かじかの昭和期営業と2013年8月の両宿営業終了
  • 現在は宿泊施設が稼働していない「幻の温泉地」としての現状
  • 大正時代の絵葉書「箱根温泉所 堂ヶ島」(箱根町立郷土資料館所蔵)が伝える往時の景観
  • 堂ヶ島渓谷遊歩道(堂ヶ島~木賀温泉まで30-40分)と木の葉隠れの滝
  • 早川渓谷沿いの秘湯地理 ── 宮ノ下崖下の谷底温泉
  • 🎉 箱根七湯コンプリート達成記念 ── がやシリーズ最終章

早川渓谷の谷底・名僧ゆかりの幽玄な秘湯、堂ヶ島温泉とは

堂ヶ島温泉は、箱根町宮ノ下温泉の崖下標高約350mの早川渓谷の谷底に位置する温泉地で、箱根町観光協会公式キャッチコピー「名僧ゆかりの幽玄な秘湯」が示すように、鎌倉末期に夢窓国師が開いた約700年の歴史を持つ秘湯です。江戸時代には5軒の湯宿が並ぶ繁栄を誇りましたが、2013年8月に最後の2軒(晴遊閣大和屋ホテル・対星館花かじか)が営業終了して以降、現在は宿泊施設が稼働していない「幻の温泉地」となっています。

項目 内容
所在地 神奈川県足柄下郡箱根町 堂ヶ島温泉
位置 宮ノ下温泉の崖下標高約350mの早川渓谷の谷底
江戸期の宿 5軒(大和屋・奈良屋・近江屋・丸屋・江戸屋)
昭和〜平成期 晴遊閣大和屋ホテル+対星館花かじか
現在の宿泊状況 2013年8月両宿営業終了現在は稼働中の宿泊施設なし
アクセス(散策のみ) 宮ノ下温泉から徒歩 or 堂ヶ島渓谷遊歩道
泉質 ナトリウム-塩化物泉(弱食塩泉)ナトリウム-塩化物・硫酸塩泉(箱根町観光協会公式)
江戸期番付 東-前頭4段目「相州堂ヶ島の湯」(諸国温泉功能鑑)
公式キャッチコピー 「名僧ゆかりの幽玄な秘湯」(箱根町観光協会)
特別な位置 箱根七湯のうち堂ヶ島は「最後の1湯」として、がや本シリーズの完結を飾る

現代の堂ヶ島温泉は、宿泊体験ではなく「夢窓国師の名跡を偲ぶ歴史散策・早川渓谷の自然散策」として楽しむ温泉地となっています。


江戸の温泉番付に登載された「相州堂ヶ島の湯」

堂ヶ島温泉は、文化14年(1817年)作成の江戸時代後期の温泉番付『諸国温泉功能鑑』 において 「相州堂ヶ島の湯」 として登載されました。

番付ポジション

項目 内容
表記 相州堂ヶ島の湯
番付の位置 東-前頭4段目
大関 上州草津の湯
関脇 野州那須の湯
小結 信州諏訪の湯

箱根七湯の中の番付ポジション

『諸国温泉功能鑑』には箱根温泉郷のうち以下が登載されています:

番付 名称 現在
東-前頭1段目 相州足の湯 芦之湯温泉
東-前頭2段目 相州湯元の湯 箱根湯本温泉
東-前頭3段目 相州塔の沢の湯 塔之沢温泉
東-前頭3段目 相州宮下の湯 宮ノ下温泉
東-前頭3段目 相州姥子の湯 姥子温泉
東-前頭3段目 相州木賀の湯 木賀温泉
東-前頭4段目 相州堂ヶ島の湯 堂ヶ島温泉(本記事)
東-前頭4段目 相州底倉の湯 底倉温泉

堂ヶ島は 底倉温泉と同じ東-前頭4段目 に位置し、箱根七湯の中で番付上は底倉と並ぶ位置です。前頭3段目(塔之沢・宮ノ下・姥子・木賀)より下位ですが、江戸番付登載という権威性は他の箱根七湯と同等です。

泉質:ナトリウム-塩化物泉

堂ヶ島温泉の泉質は、ナトリウム-塩化物泉(弱食塩泉)ナトリウム-塩化物・硫酸塩泉(保温効果の高い塩化物泉系)です(箱根町観光協会公式)。

泉質の概要

# 泉質 特徴
1 ナトリウム-塩化物泉(弱食塩泉)ナトリウム-塩化物・硫酸塩泉 保温効果が高く「温まりの湯」「熱の湯」と呼ばれる・箱根町観光協会公式で両泉質が併存と記載

伝統的効能

効能
神経痛・筋肉痛・血行不良
冷え性・末梢循環障害

塩化物泉塩分が皮膚に付着して汗の蒸発を防ぐ保温効果は、湯冷めしにくい湯治湯として江戸期から評価されてきました。約700年の歴史を持つ堂ヶ島の湯は、夢窓国師の時代から「諸病に効く湯」として記録されてきた由緒ある泉質です。


夢窓国師の開湯 ── 鎌倉末期〜室町初期・約700年の歴史

堂ヶ島温泉の開湯は、鎌倉末期〜室町初期にまで遡る伝承を持ちます。開湯者は夢窓国師(夢窓疎石・1275-1351) ── 臨済宗黄金時代を築いた名僧として日本仏教史に名を残す高僧です。

開湯の経緯

年代 出来事
鎌倉末期〜室町初期 夢窓国師(夢窓疎石)が堂ヶ島温泉を開湯したと伝承
同期 国師がこの地の風景と静寂を愛し、庵を結んで修行
後世 国師の庵跡が堂ヶ島に残る
江戸期 「相州堂ヶ島の湯」として『諸国温泉功能鑑』東-前頭4段目に登載

夢窓国師と堂ヶ島

夢窓国師は 堂ヶ島の幽玄な渓谷美と静寂を深く愛し、この地に庵を結んで修行したと伝えられます。「堂ヶ島」の地名そのものが、夢窓国師ゆかりの「堂」(仏堂・庵)に由来するとされ、現在も国師を記念する石碑や庵跡が堂ヶ島に残されています。箱根町観光協会公式キャッチコピー「名僧ゆかりの幽玄な秘湯」は、この夢窓国師の名跡を背景としています。


夢窓疎石(1275-1351)── 後醍醐天皇/足利尊氏から信仰された臨済宗黄金時代の名僧

堂ヶ島温泉の開湯者・夢窓国師(夢窓疎石)は、日本仏教史上きわめて重要な名僧として知られます。

夢窓疎石の基本情報

項目 内容
生没 建治元年(1275年)〜 観応2年(1351年)
宗派 臨済宗
称号 夢窓国師(七朝の帝師の称号を持つ)
信仰者 後醍醐天皇・足利尊氏・足利直義
業績 臨済宗黄金時代の確立・京都西芳寺(苔寺)・天龍寺の作庭

政治・文化への影響

夢窓疎石は、南北朝時代の政治情勢において、後醍醐天皇(南朝)・足利尊氏(北朝)の両陣営から深く信仰されるという、極めて稀な存在感を放った名僧です。鎌倉幕府滅亡から室町幕府成立への激動期に、宗教界の最高権威として政治にも文化にも大きな影響を及ぼしました。

西芳寺・天龍寺の作庭

夢窓疎石は 作庭家としても日本史上の偉人で、京都・西芳寺(苔寺)の枯山水庭園京都・天龍寺の池泉回遊式庭園など、現代でも世界文化遺産として人々を魅了する庭園を設計しました。幽玄美の追求という日本庭園の核心は、夢窓疎石によって確立されたとも言われます。

堂ヶ島という小さな庵

京都の大寺院・名園を残した夢窓疎石が、箱根の早川渓谷の谷底という小さな堂ヶ島に庵を結んだ事実は、「幽玄」を追求する国師の美意識の原点を示すものとして、堂ヶ島温泉の文化的価値を際立たせます。


江戸期の5軒の湯宿 ── 大和屋・奈良屋・近江屋・丸屋・江戸屋

江戸時代の堂ヶ島温泉は、5軒の湯宿が早川渓谷の谷底に並ぶ繁栄を誇っていました。

江戸期5軒の湯宿

屋号
大和屋(やまとや)
奈良屋(ならや)
近江屋(おうみや)
丸屋(まるや)
江戸屋(えどや)

これらの 5軒の屋号は、江戸期の各地(大和・奈良・近江・江戸など)を冠した名称で、全国各地から湯治客を迎えた箱根七湯の国際性を反映していると見ることもできます。

明治期:3軒へ減少

明治期に入ると、5軒から3軒へと宿の数が減少しました。早川渓谷の谷底という立地の不便さ近代温泉地としての近隣(宮ノ下・湯本)の発展が、堂ヶ島温泉の相対的衰退を招いたと考えられます。


晴遊閣大和屋ホテル+対星館花かじか ── 昭和の名宿と2013年8月の休館

明治期の3軒からさらに減少を続けた堂ヶ島温泉は、昭和〜平成期には「晴遊閣大和屋ホテル」と「対星館花かじか」の2軒が長く営業を続けました。

昭和〜平成期の2軒

旅館名 系譜
晴遊閣 大和屋ホテル 江戸期の 大和屋 の系譜・専用ロープウェイ「夢のゴンドラ」(ケーブル長130m・最大勾配30度59分・定員5人)で宮ノ下から60m降下してアクセス・松本清張『蒼い描点』のモデル・山下清の滞在地
対星館 花かじか 江戸期の各屋からの系譜・宮ノ下から自家用ケーブルカーで早川渓谷を300m降下した1万坪の庭園敷地内5本の源泉から再加熱・循環なしの新鮮な源泉を全客室24時間供給

2013年8月の両宿営業終了

年代 出来事
2013年8月 晴遊閣大和屋ホテル(2013年8月末日)・対星館花かじかの2軒が同月内に営業終了・夢のゴンドラもこの時撤去
2013年〜2016年予定 3年のリノベーションを経て 2016年リニューアル予定とアナウンス
その後 解体工事を済ませた時点で工事ストップ通路の両側をトタン板で囲ったままで現在に至る

現在の状況

2013年8月の両宿営業終了から10年以上経過した現在も、堂ヶ島温泉には稼働中の宿泊施設がない状態です。約700年の歴史を持つ箱根七湯の一つが、宿泊できない「幻の温泉地」となっている現状は、箱根七湯の中でも堂ヶ島だけの特殊な状況です。


大正時代の堂ヶ島 ── 文化遺産オンライン「絵葉書 箱根温泉所 堂ヶ島」が伝える往時の景観

箱根町立郷土資料館が所蔵する 大正時代の絵葉書「箱根温泉所 堂ヶ島」は、現在の幻化した堂ヶ島温泉と対照的な、繁栄期の往時の景観を現代に伝える貴重な歴史資料です。

絵葉書の内容(文化遺産オンライン記載)

項目 内容
名称 絵葉書「箱根温泉所 堂ヶ島」
時代 大正時代
所蔵 箱根町立郷土資料館
描写 「石垣の左側にある近江屋と、その右側の大和屋旅館の2軒」
出典 文化遺産オンライン

大正時代の堂ヶ島の様子

絵葉書から読み取れる 大正時代の堂ヶ島温泉は、早川渓谷の石垣の上に近江屋・大和屋の2軒の旅館が並ぶ江戸期の5軒から明治を経て2軒に集約された繁栄末期の姿を伝えています。現在のトタン板に囲まれた廃墟と化した状態と対比すると、約100年の時代変化を実感できます。

文化遺産オンライン参照

詳細な絵葉書画像は 文化遺産オンライン(公式・文化庁) で確認できます ── 文化遺産オンライン「絵葉書 箱根温泉所 堂ヶ島」(© The Agency for Cultural Affairs. All Rights Reserved.)


堂ヶ島渓谷遊歩道と木の葉隠れの滝

現代の堂ヶ島温泉は宿泊できない一方で、早川渓谷の自然散策として楽しむことができます。

堂ヶ島渓谷遊歩道

項目 内容
区間 堂ヶ島〜木賀温泉木賀温泉ガイド参照)
所要時間 30〜40分の散策路
特徴 早川渓谷沿いの幽玄な遊歩道

木の葉隠れの滝

堂ヶ島渓谷遊歩道の途中には、「木の葉隠れの滝」という名前の小滝があり、夏は深緑、秋は紅葉に覆われる幽玄な渓谷美の象徴となっています。夢窓国師が「幽玄」を追求した美意識を、現代の旅行者が体感できる場として、箱根七湯巡りのハイライトの一つです。

散策の楽しみ方

宮ノ下温泉駅で下車宮ノ下温泉観光ついでに堂ヶ島渓谷を散策遊歩道を歩いて木賀温泉まで木賀温泉のKKR箱根宮の下で日帰り入浴 ── という 半日コースが、堂ヶ島温泉の歴史と早川渓谷の自然を一度に楽しむ最良の方法です。


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早川渓谷沿いの秘湯地理 ── 宮ノ下崖下の谷底温泉

堂ヶ島温泉の 地理的な独自性は、箱根七湯の中でも最も秘境的な立地にあります。

周辺の地理

地点 位置
国道1号(旧東海道) 早川の上の高台
宮ノ下温泉 国道1号沿いの高台(宮ノ下温泉ガイド参照)
堂ヶ島温泉 宮ノ下の崖下・早川渓谷の谷底
早川 堂ヶ島の脇を流れる清流

「谷底秘湯」としての独自性

宮ノ下温泉が国道1号沿いに観光地として発展したのに対し、堂ヶ島温泉は宮ノ下から崖下に降りた渓谷の谷底という、箱根七湯の中でも最も秘境的な立地を持ちます。江戸期にこの立地で5軒の宿が栄えたこと自体が驚異的で、現代では立地の不便さが宿の衰退を招いたという歴史の皮肉も感じられる場所です。


「名僧ゆかりの幽玄な秘湯」── 公式キャッチコピーの背景

箱根町観光協会の 公式キャッチコピー「名僧ゆかりの幽玄な秘湯」は、夢窓国師の名跡+早川渓谷の秘境性を表現した、堂ヶ島温泉の本質を表す言葉です。

キャッチコピーの構成要素

要素 内容
「名僧ゆかり」 夢窓国師(1275-1351)の庵跡が残る
「幽玄な」 夢窓国師の美意識「幽玄」を追求した立地
「秘湯」 宮ノ下崖下・早川渓谷の谷底という秘境性

「幽玄」という日本美の核心

幽玄(ゆうげん)」とは 日本中世美学の核心概念で、「奥深く、計り知れない美しさ」を意味します。夢窓国師の庭園・茶道・能楽の発展はすべて「幽玄」を追求したもので、堂ヶ島温泉の渓谷美もまた幽玄美の体現として、日本文化史上重要な位置を占めます。


箱根七湯の他湯との関係

堂ヶ島温泉は、箱根七湯のなかで他の6湯と対照的な秘境性を持ち、七湯巡り完結の場として位置づけられます。

箱根七湯一覧(がやシリーズ完結)

七湯 性格 がや記事
湯本温泉 箱根温泉の玄関口 箱根湯本
塔之沢温泉 早川沿い・老舗旅館街 塔之沢
宮ノ下温泉 富士屋ホテル・国際観光地 宮ノ下
底倉温泉 太閤秀吉ゆかり・蛇骨川 底倉
木賀温泉 江戸期献上湯・子宝の湯 木賀
芦之湯温泉 標高約870m・東-前頭筆頭 芦之湯
堂ヶ島温泉(本記事) 名僧ゆかりの幽玄な秘湯・現在は幻 コンプリート達成

堂ヶ島の特異な位置づけ

他の6湯がすべて現役の宿泊温泉地なのに対し、堂ヶ島温泉だけが現在宿泊施設稼働なしという状況は、箱根七湯の中でも堂ヶ島の独自性を際立たせます「歴史だけが残る温泉地」という現代の堂ヶ島は、日本温泉文化の変遷を象徴する存在でもあります。


アクセス・施設情報

東京から堂ヶ島温泉散策起点(箱根登山鉄道 宮ノ下駅)へのアクセス経路図新幹線+登山鉄道(東京から)東京駅東海道新幹線こだま約35分箱根登山鉄道(湯本乗換)約50分(散策起点)合計:東京〜宮ノ下駅まで約85分/堂ヶ島温泉は宮ノ下駅から徒歩で渓谷散策堂ヶ島渓谷遊歩道:堂ヶ島〜木賀温泉まで徒歩約30〜40分(木の葉隠れの滝経由)
東京駅から堂ヶ島温泉散策起点(箱根登山鉄道 宮ノ下駅)までのアクセス(新幹線+登山鉄道で合計約85分)

堂ヶ島温泉への現代的な訪問は、散策・歴史巡礼を目的とした 宮ノ下温泉駅起点の遊歩道散策が基本です。

基本情報

項目 内容
所在地 神奈川県足柄下郡箱根町 堂ヶ島温泉
現在の宿泊施設 なし(2013年8月以降稼働中の宿泊施設なし)
散策起点 箱根登山鉄道「宮ノ下駅」
散策ルート 宮ノ下温泉 → 堂ヶ島渓谷遊歩道 → 木の葉隠れの滝 → 木賀温泉(30-40分)
駐車場 散策のみのため宮ノ下温泉駐車場利用推奨

アクセス所要時間(散策起点まで)

出発地 経路 所要
新宿 ロマンスカー → 箱根湯本 → 登山鉄道宮ノ下駅 約95分
東京 こだま新幹線 → 小田原 → 登山鉄道宮ノ下駅 約85分
横浜 JR東海道線 → 小田原 → 登山鉄道宮ノ下駅 約70分

堂ヶ島温泉散策後の宿は箱根エリアの宿を

堂ヶ島温泉は現在宿泊施設が稼働していないため、近隣の宮ノ下・底倉・木賀温泉や箱根全エリアの宿で「箱根七湯コンプリート巡り」を締めくくる旅をどうぞ。

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訪問前に知っておきたい注意事項

# 注意事項
1 堂ヶ島温泉には現在稼働中の宿泊施設がありません(2013年8月両宿営業終了以降)
2 散策・歴史巡礼が現代の楽しみ方・宿泊は近隣の宮ノ下・底倉・木賀・芦之湯等で
3 堂ヶ島渓谷遊歩道は雨後滑りやすいため天候確認を
4 谷底の温泉地のため、宮ノ下から崖下への下りは足元注意
5 トタン板に囲まれた旧旅館跡は私有地・立ち入り禁止
6 夢窓国師の庵跡・石碑は散策路から見学可(外観のみ)
7 冬季は早川渓谷の凍結・積雪に注意

Q&A(よくあるご質問)

Q1. 堂ヶ島温泉に宿泊することはできますか?

A. 現在は宿泊施設が稼働していません2013年8月に晴遊閣大和屋ホテル・対星館花かじかの2軒が同時に営業終了して以降、3年のリノベーションを経て2016年リニューアル予定でしたが、解体工事後に工事がストップし、現在もトタン板に囲まれた状態で再開していません宿泊を希望する場合は、近隣の宮ノ下温泉底倉温泉木賀温泉芦之湯温泉等をご検討ください

Q2. 夢窓国師とはどんな人物ですか?

A. 建治元年(1275年)〜観応2年(1351年)臨済宗の名僧で、「夢窓疎石」が本名・「夢窓国師」が称号です。鎌倉幕府滅亡から室町幕府成立への激動期に活躍し、後醍醐天皇(南朝)・足利尊氏(北朝)両陣営から深く信仰されるという稀な存在でした。京都・西芳寺(苔寺)・天龍寺の庭園を設計した日本史上最大級の作庭家でもあり、「幽玄」という日本美の核心を確立しました。

Q3. 堂ヶ島温泉と他の箱根七湯はどう違いますか?

A. 箱根七湯のうち、堂ヶ島だけが「現在宿泊施設が稼働していない幻の温泉地」です。他の6湯(湯本・塔之沢・宮ノ下・底倉・木賀・芦之湯)はすべて現役の宿泊温泉地ですが、堂ヶ島は2013年8月以降、歴史だけが残る温泉地となっています。「夢窓国師ゆかりの庵跡」と「早川渓谷の幽玄な自然」が、現代の堂ヶ島の魅力です。

Q4. 江戸時代の5軒の湯宿の屋号は?

A. 大和屋・奈良屋・近江屋・丸屋・江戸屋の5軒です。それぞれ大和・奈良・近江・江戸など全国各地の地名を冠した屋号で、江戸期の堂ヶ島温泉が全国から湯治客を迎えた格式ある温泉地であったことを物語ります。明治期に3軒に減少し、昭和〜平成期は晴遊閣大和屋ホテル・対星館花かじかの2軒が長く営業しました。

Q5. 「木の葉隠れの滝」とは何ですか?

A. 堂ヶ島渓谷遊歩道(堂ヶ島〜木賀温泉、30-40分)の途中にある 小さな滝です。夏は深緑、秋は紅葉の木の葉に隠れる美しい滝で、夢窓国師が愛した堂ヶ島の幽玄美を象徴する自然遺産です。現代でも箱根七湯巡りのハイライトの一つとして人気があります。

Q6. 堂ヶ島温泉の絵葉書はどこで見られますか?

A. 大正時代の絵葉書「箱根温泉所 堂ヶ島」は、箱根町立郷土資料館が所蔵しており、文化遺産オンライン(文化庁公式)で画像を閲覧できます。詳細は文化遺産オンライン(© The Agency for Cultural Affairs. All Rights Reserved.)をご参照ください。石垣の左側に近江屋・右側に大和屋旅館の2軒が描かれた、大正時代の堂ヶ島温泉の繁栄末期の姿を伝える貴重な歴史資料です。

Q7. 江戸時代の温泉番付『諸国温泉功能鑑』とは?

A. 文化14年(1817年)に作成された日本全国の温泉地ランキングで、相撲番付に倣って大関・関脇・小結・前頭の階級で温泉地を格付けした見立番付です。堂ヶ島は 「相州堂ヶ島の湯」として東-前頭4段目 に位置し、箱根七湯の中で底倉温泉と並ぶ位置でした。詳細はマザー記事「温泉番付(江戸時代)を今の温泉名にして地図に表記!」に整理しています。

Q8. 堂ヶ島温泉が「箱根七湯コンプリート達成記念号」となる理由は?

A. がやのシリーズで箱根七湯(湯本・塔之沢・宮ノ下・堂ヶ島・底倉・木賀・芦之湯)を一つずつ記事化してきましたが、本記事「堂ヶ島温泉」の公開により、7湯すべての記事化が完結します。シリーズ史上最大のマイルストンであり、第2号「箱根温泉ガイド」から派生した箱根温泉シリーズの 最終章となります。

Q9. 堂ヶ島温泉散策のおすすめコースは?

A. 箱根登山鉄道「宮ノ下駅」で下車し、宮ノ下温泉観光(富士屋ホテル等)→ 堂ヶ島渓谷遊歩道→木の葉隠れの滝→木賀温泉(KKR箱根宮の下で日帰り入浴)という 半日コースがおすすめ。箱根七湯のうち宮ノ下・堂ヶ島・木賀の3湯を一度に体験できる、箱根七湯巡りのハイライトコースです。

Q10. 夢窓国師の名跡は現代でも確認できますか?

A. はい。堂ヶ島渓谷遊歩道沿いに夢窓国師を記念する石碑や庵跡が残されています。京都の西芳寺(苔寺)・天龍寺の作庭家として有名な国師が、箱根の早川渓谷の谷底という小さな堂ヶ島に庵を結んだ事実は、「幽玄」を追求した国師の美意識の原点を体感できる場として、現代の旅行者にも深い感慨を与えます


まとめ:🎉 箱根七湯コンプリート達成 ── 堂ヶ島の幽玄が締めくくるシリーズ最終章

堂ヶ島温泉は、江戸時代の温泉番付『諸国温泉功能鑑』に「相州堂ヶ島の湯」(東-前頭4段目)として登載された、箱根七湯の最後の1湯です。鎌倉末期〜室町初期に夢窓国師(夢窓疎石・1275-1351)が開いた約700年の歴史を持ち、箱根町観光協会公式キャッチコピー「名僧ゆかりの幽玄な秘湯」が示すように、夢窓国師の美意識「幽玄」を体現する稀有な温泉地です。

歴史的には、江戸期の5軒の湯宿(大和屋・奈良屋・近江屋・丸屋・江戸屋)から 明治の3軒・昭和〜平成期の2軒(晴遊閣大和屋ホテル・対星館花かじか)へと変遷し、2013年8月の両宿同時営業終了を経て、現在は宿泊施設が稼働していない「幻の温泉地」となっています。約700年の歴史を持つ箱根七湯の一つが、宿泊できない歴史遺産化するという、箱根七湯の中でも堂ヶ島だけの特殊な現状は、日本温泉文化の変遷を象徴しています。

しかし、早川渓谷の谷底という秘境的な立地夢窓国師の庵跡堂ヶ島渓谷遊歩道と木の葉隠れの滝大正時代の絵葉書「箱根温泉所 堂ヶ島」(箱根町立郷土資料館所蔵・文化遺産オンライン参照)が伝える往時の景観 ── これらすべてが 「歴史だけが残る温泉地」としての堂ヶ島の独自の魅力を形成しています。

そして本記事の公開により、🎉 箱根七湯(湯本・塔之沢・宮ノ下・堂ヶ島・底倉・木賀・芦之湯)すべてが、がやのシリーズで記事化完了となりました。第12号箱根湯本から始まり、第22号堂ヶ島で完結する箱根七湯シリーズは、シリーズ史上最大のマイルストンです。湯本の喧噪から堂ヶ島の幽玄まで ── 江戸庶民が湯治に訪れた箱根七湯の多様性を、シリーズ全7記事を併読することで全体像が浮かび上がる構成となりました。

堂ヶ島温泉に泊まることは現代ではできません。 しかし、夢窓国師の名跡を訪ねる歴史散策早川渓谷の幽玄な自然散策箱根七湯の最後の1湯を巡る巡礼として、現代の旅行者にも深い感動を与える温泉地として、堂ヶ島は静かに語り続けています。箱根七湯巡りの締めくくりに、夢窓国師の幽玄美を体感する旅を、がやは強く推奨します。

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