修善寺温泉ガイド|伊豆最古の独鈷の湯と源頼家・修禅寺物語の名湯

伊豆最古とされる修善寺温泉。大同2年(807年)に弘法大師が独鈷杵で岩を打ち湧き出させたとの伝説をもち、江戸時代の温泉番付『諸国温泉効能鑑』では東・前頭3段目「豆州朱善寺の湯」として名を連ねた歴史ある温泉地です。鎌倉幕府2代将軍 源頼家の終焉の地、夏目漱石「修善寺の大患」、岡本綺堂『修禅寺物語』の舞台としても知られる修善寺温泉を、温泉番付サイト「がや」が公開資料に基づき徹底ガイドします。

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※本記事は現地取材ではなく、伊豆市公式観光情報・修禅寺公式・各旅館公式サイト等の公開資料および青空文庫等の文献に基づき構成しています。

📌 この記事で分かること

  • 伊豆最古の「独鈷の湯」と弘法大師ゆかりの開湯伝説
  • 鎌倉幕府二代将軍・源頼家終焉の地と修禅寺物語の舞台
  • 江戸時代の温泉番付「豆州朱善寺の湯」としての登載
  • 桂川(修善寺川)渓谷沿いに連なる旅館協同組合32軒の温泉街
  • 完全紹介ページ版(がや未訪問・一次史料と公式情報ベースの執筆)

修善寺温泉の泉質と湯の特徴

修善寺温泉は静岡県伊豆市修善寺に位置し、修善寺温泉旅館協同組合に加盟する約32軒の旅館・ホテルが桂川(修善寺川)の渓谷沿いに連なる温泉街を形成しています(出典:修善寺温泉旅館協同組合公式・2026年5月時点)。修善寺駅から東海バスで約8分、温泉街の中心に弘法大師ゆかりの「独鈷の湯」と曹洞宗修禅寺が並び、古くから「伊豆最古の温泉」として広く知られているとされています。新井旅館・あさば・湯回廊菊屋などの老舗旅館から大型ホテル、共立リゾート系の中規模旅館まで、多様な宿が揃う伊豆半島中部の代表的な温泉地です。

泉質はアルカリ性単純温泉が中心で、源泉温度は約60〜65℃、湧出量は毎分600〜700リットル前後とされます。複数の源泉が引かれており、宿によって泉質や湯の特徴が異なります。

項目 内容
所在地 静岡県伊豆市修善寺
泉質 アルカリ性単純温泉(弱アルカリ性・低張性)
源泉温度 約60〜65℃
湧出量 毎分約600〜700L
適応症(一般的記載) 神経痛・筋肉痛・関節痛・冷え症・疲労回復など ※出典:日本温泉協会の一般的な記載
東京駅からの所要時間 新幹線経由 約1.5時間/特急踊り子直通 約2時間10分

修善寺温泉は伊豆エリアの拠点温泉地として、古刹・修禅寺、北条政子寄進の指月殿、竹林の小径、桂川の5橋など歴史と自然が一体となった景観で知られています。日帰り入浴を受け付ける旅館も多く、宿泊・観光・湯巡りのいずれでも楽しめる構成とされています。

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江戸時代温泉番付『諸国温泉効能鑑』東・前頭3段目「豆州朱善寺の湯」

江戸時代後期に刊行された温泉番付『諸国温泉効能鑑』は、相撲の番付表になぞらえて全国の温泉地を東西に分け、大関・関脇・小結・前頭の階級で評価した資料です。当時の旅行ガイドブック的な役割を果たしたとされ、東日本を「東」、西日本を「西」として分け、それぞれの温泉地を格付けしました。

その番付において、修善寺温泉は 東・前頭3段目「豆州朱善寺の湯」 として登載されています。マザー記事『江戸時代の諸国温泉番付』全文一覧でも、以下のように記録されています。

階級 江戸期名称 現代温泉地
前頭(3段目) 豆州朱善寺の湯 静岡県伊豆市 修善寺温泉

東・前頭3段目は前頭の中でも上位に位置する格付けで、当時から伊豆国の代表的な温泉地として広く認知されていた証左といえます。同じ前頭3段目には他地域の名湯も並んでおり、江戸期の温泉観光における人気温泉地のひとつとして数えられていました。

「朱善寺」「修禅寺」「修善寺」の表記の違い

修善寺温泉を扱う際、3つの似た表記が登場します。混同を避けるため、本記事では以下のとおり使い分けています。

シーン 表記 読み
江戸番付(江戸時代後期) 善寺 しゅぜんじ
寺院(曹洞宗・空海開基伝承) 修禅寺 しゅぜんじ
温泉地・地名(現代) 修善寺 しゅぜんじ

江戸期の「朱善寺」は番付資料独自の表記で、寺院名・温泉地名としては使用されません。岡本綺堂の戯曲『修禅寺物語』、夏目漱石の「修善寺の大患」のように、文献によっても「禅」「善」が異なります。

江戸時代の諸国温泉番付 全文一覧(マザー記事)

弘法大師伝説と独鈷の湯 ─ 1200年の開湯

修善寺温泉の開湯は、平安時代初期の 大同2年(807年) と伝えられています。弘法大師(空海)が修禅寺を開いた際、桂川で病気の父の体を洗う少年の親孝行に心を打たれ、独鈷杵(とっこしょ・密教法具)で川中の岩を打って温泉を湧き出させたとの伝説が残ります。これがシンボル「独鈷の湯」(とっこのゆ)の由来とされています。

独鈷の湯の現在

独鈷の湯は桂川の中央に位置し、修善寺温泉のシンボル的景観として現在も保たれています。ただし、現在は見学のみで入浴はできません。公衆浴場としての届出がないこと、2009年に集中豪雨対策として下流側へ約19m移設されたことが理由とされます。

入浴体験を希望する場合は、温泉街中心部の代替施設として「リバーテラス・杉の湯」(2023年開設・夏季の足湯施設)が整備されています。最新の営業状況は伊豆市公式観光情報をご確認ください。

弘法大師ゆかりの伊豆

伊豆半島には弘法大師ゆかりの温泉が複数あり、修善寺温泉はその代表格として知られています。空海による修禅寺開基(曹洞宗・後述)、独鈷杵による開湯伝説、温泉街周辺の弘法大師ゆかりのスポットなど、密教文化と温泉文化の融合が修善寺温泉の歴史的な特徴とされます。

出典:伊豆市公式観光情報「独鈷の湯」/修善寺温泉旅館協同組合公式

源頼家・源範頼ゆかりの地 ─ 鎌倉幕府2代将軍の終焉

修善寺温泉は鎌倉時代、源氏ゆかりの地として歴史の舞台となりました。源頼朝の弟・源範頼、頼朝の長男で鎌倉幕府2代将軍 源頼家の2人がこの地で生涯を終えたと伝えられています。

源範頼の幽閉と処刑(建久4年・1193年)

源範頼は源頼朝の異母弟で、平家追討に活躍した武将として知られます。建久4年(1193年)、頼朝に謀反を疑われて修善寺に幽閉され、修禅寺裏の信功院で誅殺されたと伝えられます(出典:『吾妻鏡』・修善寺温泉旅館協同組合公式)。

源頼家の幽閉と暗殺(元久元年・1204年)

鎌倉幕府2代将軍 源頼家は、父・頼朝の死後に若くして将軍職に就いたものの、北条氏との対立から建仁3年(1203年)に修善寺へ幽閉されます。翌元久元年(1204年)7月18日、修善寺で命を落としたとされ、享年23歳でした。

頼家の墓は修禅寺の北側、指月殿の隣に現在も残り、源範頼の墓と並んで参拝可能とされています。

北条政子と指月殿(承元4年・1210年)

頼家の母・北条政子は、わが子の冥福を祈って承元4年(1210年)、修禅寺の山門前に経蔵「指月殿」を造営したと伝えられます。指月殿は伊豆最古とされる木造建築で、本尊の木造釈迦如来坐像(静岡県指定文化財)とともに現在も残されています(H2-8で詳述)。

出典:修禅寺公式・伊豆市公式観光情報・『吾妻鏡』

このように修善寺温泉は、鎌倉時代の源氏滅亡の悲劇と母 北条政子の鎮魂が交差する歴史的な舞台として、多くの歴史ファンに知られる温泉地となっています。

岡本綺堂『修禅寺物語』と修善寺ゆかりの文人たち

修善寺温泉は明治以降、多くの文豪・文人が逗留・執筆の場としたことで知られる温泉地でもあります。

岡本綺堂『修禅寺物語』(明治44年・1911年)

新歌舞伎の代表作とされる岡本綺堂『修禅寺物語』は、源頼家の最期を題材にした戯曲です。仮面師の 夜叉王(やしゃおう)が頼家の依頼で頼家の面を彫る物語で、舞台となる修禅寺の山門前付近が現在も観光の起点として案内されています(出典:青空文庫『修禅寺物語』)。

『修禅寺物語』は二代目市川左團次らによって初演され、新歌舞伎の代表作として今日まで上演され続けています。

夏目漱石「修善寺の大患」(明治43年・1910年8月)

夏目漱石は修善寺温泉の 菊屋本館(現・湯回廊菊屋)に滞在中の明治43年(1910年)8月24日、大量吐血を起こし生死をさまよう「修善寺の大患」を経験したとされます。漱石はこの体験を随筆『思い出す事など』に記しており、修善寺は近代文学史上の重要な舞台のひとつとして知られています。

その他の文人

修善寺温泉に逗留した主な文人は以下のとおりです。

  • 川端康成:修善寺の旅館に逗留し執筆
  • 芥川龍之介:新井旅館の常連客
  • 高浜虚子:俳句の題材に修善寺を取り上げる
  • 尾崎紅葉:明治期の修善寺逗留作家

これらの文人ゆかりの宿として、新井旅館(明治5年創業・国登録有形文化財)、湯回廊菊屋が現在も営業を続けています(H2-14で詳述)。

出典:青空文庫/修善寺温泉旅館協同組合公式/各旅館公式

修善寺温泉のアクセス

修善寺温泉は東京から日帰りも可能なほどアクセスの整った伊豆の名湯です。新幹線+伊豆箱根鉄道経由と、特急踊り子号の直通便の2系統が選べます。

電車(新幹線+伊豆箱根鉄道駿豆線)

最も一般的なルートは 東京駅 → 三島駅(東海道新幹線・約45分)から 三島駅 → 修善寺駅(伊豆箱根鉄道駿豆線・約35分)への乗換ルートです。合計所要時間は約1.5時間、運賃は4,620円〜(2026年5月時点・JR東日本/伊豆箱根鉄道公式)。

特急踊り子直通

JR東日本の 特急踊り子号は東京駅 → 修善寺駅まで直通運転されており、所要時間は約2時間10分・運賃は4,640円〜です。乗換不要のため、荷物が多い場合に便利な選択肢とされています。

自家用車

東名高速 沼津IC または新東名 長泉沼津IC から修善寺温泉まで一般道で約30分です。各旅館に駐車場が整備されています。

修善寺駅 → 修善寺温泉中心部

修善寺駅から修善寺温泉の中心部までは 東海バスで約8分、運賃は200円〜260円(系統・停留所により異なる・東海バス公式でご確認ください)。日中はおおむね1時間に2〜3本程度の運行で、温泉街中心部の各旅館前にバス停があります。

電車+バス東京駅東海道新幹線約45分名古屋駅新幹線(ひかり等)約1時間30分新大阪駅新幹線(ひかり等)約2時間30分伊豆箱根鉄道駿豆線 約35分🚌 バス(東海バス)約8分・200円〜260円
特急踊り子(直通)+バス東京駅特急踊り子(直通)約2時間10分修善寺駅🚌 バス(東海バス)約8分・200円〜260円修善寺温泉

移動手段 所要時間 料金目安
東京→修善寺(新幹線+伊豆箱根鉄道) 約1.5時間 4,620円〜
東京→修善寺(特急踊り子直通) 約2時間10分 4,640円〜
沼津IC→修善寺温泉(自家用車) 約30分
修善寺駅→修善寺温泉中心部(東海バス) 約8分 200円〜260円(系統により)

修禅寺|空海開基の古刹

修禅寺(しゅぜんじ)は曹洞宗の古刹で、本尊は 大日如来(重要文化財)です。修善寺温泉中心部の桂川沿いに位置し、寺名がそのまま地名・温泉地名として広まりました。

空海開基の伝承

寺伝によれば、修禅寺は弘法大師(空海)が 大同2年(807年) に開いたとされます。当初は真言宗の寺院でしたが、その後鎌倉時代には臨済宗、室町時代には曹洞宗へと宗派を改めたと伝えられます。本尊の大日如来坐像は重要文化財に指定されています(出典:修禅寺公式)。

山門・本堂・宝物殿

修禅寺の境内には山門・本堂・鐘楼などが建ち並び、宝物殿には源頼家ゆかりとされる品(仮面・刀剣等)や歴代住職の遺物が展示されているとされます。最新の拝観時間・公開状況は修禅寺公式でご確認ください。

修禅寺と「修善寺」の表記

寺院の正式名は「修禅寺」(禅)ですが、温泉地・地名としては「修善寺」(善)が用いられます。混乱を避けるため、本記事では寺院を指す際は「修禅寺」、地名・温泉地を指す際は「修善寺」と使い分けています。

出典:修禅寺公式サイト

指月殿|北条政子寄進・伊豆最古の木造建築

指月殿(しげつでん)は、修禅寺の山門前、桂川を挟んで南側に位置する経蔵です。鎌倉幕府2代将軍 源頼家の母・北条政子が、わが子の冥福を祈って 承元4年(1210年)頃 に造営したと伝えられています。

北条政子の供養造営

息子 頼家を修善寺で失った北条政子は、頼家の冥福を祈るため修禅寺の山門前に経蔵を寄進し、宋版大蔵経5,000巻余りを納めたとされます。指月殿の名は、釈迦が「経典は月をさす指のようなもの」と説いたとされる経典の故事に由来すると伝えられます(出典:修禅寺公式・伊豆市公式観光情報)。

伊豆最古の木造建築

指月殿は 伊豆最古とされる木造建築として知られ、その建築様式は鎌倉初期の禅宗様式の特徴を残すとされます。本尊は 木造釈迦如来坐像(静岡県指定文化財)で、像高約2mの寄木造、蓮華を手にする禅宗式坐像として鎌倉時代の作とされます。

指月殿の隣には 源頼家の墓、付近には 源範頼の墓があり、修禅寺・指月殿・頼家墓・範頼墓を含む一帯は鎌倉時代の歴史散策コースとして案内されています。

出典:修禅寺公式・伊豆市公式観光情報

竹林の小径と5橋めぐり

修善寺温泉の散策路として知られているのが 竹林の小径(ちくりんのこみち)と、桂川に架かる 5橋めぐり(恋の橋めぐり)です。

竹林の小径

桂川沿いに整備された散策路で、しの竹のトンネルが続く約400mほどの遊歩道です。中央には大きな 円形の竹製ベンチがあり、修善寺温泉を象徴する景観のひとつとして案内されています。夜間にはライトアップが行われる時期もあるとされ、修禅寺・独鈷の湯と並ぶ温泉街中心部の主要散策スポットです。

5橋めぐり(恋の橋めぐり)

桂川には5つの橋が架かり、それぞれに「恋愛成就の橋」として愛称が付けられています。それぞれの橋には御影石の橋紋が刻まれており、5つの橋を順に渡ると恋愛が成就するとの言い伝えがあります(出典:修善寺温泉旅館協同組合公式)。

# 橋名 愛称
1 渡月橋(とげつばし) みそめ橋
2 虎渓橋(こけいばし) あこがれ橋
3 桂橋(かつらばし) 結ばれ橋
4 楓橋(かえでばし) 寄り添い橋
5 瀧下橋(たきしたばし) 安らぎ橋

5橋は岡本綺堂『修禅寺物語』にも登場するとされ、文学と恋愛伝承が交差するスポットとして知られています。

修善寺観光のその他のスポット

修善寺温泉中心部から少し足を延ばすと、自然・文化を楽しめるスポットが点在しています。

  • 修善寺梅林:3万平方メートルに約1,000本の梅が植えられた梅園。例年2月の修善寺梅まつりが開催されるとされる
  • 修善寺自然公園:四季の植物を楽しめる広大な自然公園。もみじ林・芝生広場あり
  • 赤蛙公園:島木赤彦の歌碑・童話「赤蛙」ゆかりの自然公園
  • とっこ会館:修善寺温泉の観光情報・地域物産の拠点(最新の営業情報は伊豆市公式観光情報をご確認ください)
  • 修善寺虹の郷:英国・カナダ・日本庭園エリアを擁するテーマパーク(修善寺駅・修善寺温泉からバスでアクセス可能)

これらのスポットは温泉街中心部から徒歩圏または路線バスで巡ることができ、1〜2泊の滞在で温泉と観光の両方を楽しむコースが設定されています。

季節の見どころとイベント

修善寺温泉は四季ごとに異なる景観が楽しめる温泉地として知られています。

季節 期間 見どころ
2〜4月 修善寺梅まつり(2月・修善寺梅林)/桜(3月下旬〜4月上旬)
6〜8月 竹林ライトアップ/渓谷散策/鮎漁解禁
11月 紅葉ライトアップ(修善寺自然公園・修禅寺周辺)
12〜2月 雪見温泉/修禅寺の達磨市(1月・最新情報は修禅寺公式でご確認ください)

紅葉期の11月は 修善寺自然公園のもみじ林や修禅寺周辺のライトアップが見頃とされ、修善寺温泉の年間を通じて最も観光客が集中する時期のひとつです。宿泊する場合は早めの予約が安心です。

修善寺のグルメ・お土産

修善寺・伊豆エリアは、わさび・椎茸・地酒・伝統工芸品など多彩な特産品で知られています。

  • 伊豆の本わさび:伊豆半島は天城山系の清流を利用したわさび栽培で全国屈指の生産地とされる。修善寺周辺では本わさびを使った料理(わさび丼・わさび漬け等)が提供される飲食店が点在
  • 椎茸(しいたけ):伊豆の山間部で栽培される肉厚椎茸。乾燥椎茸の名産地として知られる
  • 修善寺焼き:伊豆市の地場焼物。素朴な土の味わいを生かした器が特徴とされる
  • 黒米(古代米):修善寺周辺で栽培される伝統的な古代米
  • ニューサマーオレンジ:伊豆の名産柑橘。例年5〜6月が旬

これらの特産品は修善寺駅周辺の物産店、温泉街中心部の土産店で扱われています。詳しい取扱店情報は伊豆市公式観光情報をご確認ください。

修善寺日帰り温泉ガイド

修善寺温泉では、宿泊せずに温泉を楽しめる選択肢として、旅館の 日帰り入浴プランおよび 足湯施設が用意されています。

旅館の日帰り入浴プラン

修善寺温泉の主要旅館の多くで日帰り入浴を受け付けています。料金・時間・受付条件は施設ごとに異なるため、各旅館の公式サイトで最新情報をご確認ください。

  • 新井旅館:明治5年創業・国登録有形文化財の旅館(日帰り入浴の受付状況は公式ご確認)
  • 湯回廊菊屋:夏目漱石ゆかりの宿(共立リゾート系)
  • 滝亭:日帰り入浴受付ありとされる
  • あさみ:温泉自慢の中規模旅館
  • その他、修善寺温泉旅館協同組合加盟の各旅館

足湯・無料スポット

  • リバーテラス・杉の湯:独鈷の湯の代替として2023年に整備された足湯施設(夏季営業)
  • 修善寺駅前にも足湯スポットが整備されているとされる

最新の営業時間・受付条件は、伊豆市公式観光情報および各施設公式でご確認ください。

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修善寺温泉のおすすめ宿 ─ 代表3軒の客観紹介

修善寺温泉には、明治期創業の老舗から500年以上の歴史を持つ高級旅館まで、多様な宿が揃っています。本セクションでは、修善寺温泉を代表する3軒を中心に、公式情報に基づく客観的な紹介を行います。

新井旅館(あらいりょかん)

明治5年(1872年)創業の老舗旅館で、敷地内に 国登録有形文化財15棟を擁する全国でも稀有な旅館とされています。代表的な建築物として、ローマ風の意匠が取り入れられた 天平風呂、池を配する庭園、明治・大正期の客室「あやめの間」などが知られています。

岡本綺堂・芥川龍之介・川端康成・尾崎紅葉等、明治〜昭和の文人が逗留した宿としても知られ、館内随所に当時の芸術作品や調度品が残るとされます(出典:新井旅館公式・修善寺温泉旅館協同組合公式)。

あさば

室町時代起源(500年以上)と伝わる修善寺温泉屈指の高級料亭旅館です。最大の特徴は、池の上に浮かぶ 能舞台「月桂殿」で、伝統的建造物として知られています。能・狂言の公演が定期的に開催されることでも知られ、宿泊客以外でも能楽の文化を体感できる宿として案内されています(出典:あさば公式)。

湯回廊菊屋

夏目漱石が「修善寺の大患」を体験した 菊屋本館の流れを汲む旅館です。共立リゾート系列として運営されており、館内には夏目漱石ゆかりの史跡が保存されているとされます。漱石ファン・近代文学愛好者に親しまれている宿として知られています(出典:湯回廊菊屋公式)。

その他の代表的な宿

修善寺温泉には上記3軒以外にも、以下のような魅力的な宿が並びます(順不同・公式情報に基づく簡潔な紹介)。

  • 滝亭:温泉街中心部の中規模旅館
  • あさみ:温泉自慢の宿
  • ねの湯対山荘:高台の眺望を活かした旅館
  • 桂川:桂川沿いに立つ温泉旅館

各旅館の最新の客室・料理・料金プランは、楽天トラベル等の予約サイトおよび各旅館公式サイトでご確認ください。

伊豆エリアの温泉ペア/よくある質問/まとめ

伊豆エリアの温泉地と巡り方

修善寺温泉は伊豆半島中部に位置し、伊豆エリアおよび箱根エリアの他温泉地と組み合わせて巡るプランが人気とされています。江戸時代の温泉番付『諸国温泉効能鑑』にも、伊豆・相模国の温泉として湯河原・箱根とともに修善寺が登載されており、歴史的にも周遊文化が育まれた地域です。

温泉地 所在地 江戸番付の位置 修善寺からの距離
修善寺温泉 静岡県伊豆市 東-前頭3段目「豆州朱善寺の湯」
湯河原温泉 神奈川県湯河原町 東-前頭1段目「豆州湯河原の湯」 電車約1時間
箱根温泉 神奈川県箱根町 東-前頭2枚目(東5湯入り) 電車約1.5時間

伊豆箱根エリアを巡る2泊3日プランでは、1日目に湯河原・2日目に箱根・3日目に修善寺、または逆ルートでの周遊が定番とされています。

よくある質問(FAQ)

Q1. 修善寺温泉の読み方は?
A. 「しゅぜんじおんせん」と読みます。寺院名の「修禅寺」(禅)と地名・温泉地名の「修善寺」(善)は表記が異なる点にご注意ください。

Q2. 東京からの所要時間と運賃は?
A. 新幹線+伊豆箱根鉄道経由で約1.5時間(4,620円〜)、特急踊り子号の直通便で約2時間10分(4,640円〜)が目安です(2026年5月時点)。

Q3. 独鈷の湯に入浴できますか?
A. 現在は 見学のみで入浴はできません。公衆浴場としての届出がないこと、2009年に下流側へ約19m移設されたことが理由とされます。代替として「リバーテラス・杉の湯」(夏季足湯)が整備されています。

Q4. 修善寺温泉のベストシーズンは?
A. 春の修善寺梅まつり(2月)と桜(3月下旬〜4月上旬)、秋の紅葉ライトアップ(11月)が特に人気とされます。

Q5. 江戸時代の温泉番付では何位でしたか?
A. 『諸国温泉効能鑑』では 東・前頭3段目「豆州朱善寺の湯」として登載されています。前頭の中でも上位に位置する格付けです。

Q6. 源頼家・源範頼の墓はどこにありますか?
A. 源頼家の墓は修禅寺の北側、指月殿の隣にあります。源範頼の墓は修禅寺周辺に残されています。

Q7. 日帰り入浴できる旅館はありますか?
A. 修善寺温泉旅館協同組合加盟の多くの旅館で日帰り入浴を受け付けています。料金・時間は各旅館公式サイトでご確認ください。

まとめ

修善寺温泉は、1200年とされる伊豆最古の名湯・江戸番付の格・鎌倉幕府2代将軍 源頼家の終焉地・夏目漱石「修善寺の大患」と岡本綺堂『修禅寺物語』の舞台という、複数の歴史軸が重なる伊豆半島中部の温泉地です。東京から新幹線で約1.5時間というアクセスの近さで、日帰り〜1泊2日まで幅広く対応できる構成が整っています。

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※本記事の情報は2026年5月時点のものです。料金・運行情報・営業時間は各公式情報を直接ご確認ください。

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