上山温泉ガイド|江戸番付『最上かみの山の湯』・鶴脛伝説と奥羽三楽郷の城下町

蔵王連峰を背に、湯けむりがゆるやかに立ちのぼる城下町 ── 山形県・上山温泉(かみのやまおんせん)です。

今から約570年前、傷を負った鶴が湯のなかで脛(すね)を癒していたのを旅の僧が見つけたと伝わる古湯。とろりと肌になじむ塩化物泉に浸かったあと、かつての羽州街道をそぞろ歩けば、江戸の宿場町の面影と上山城(月岡城)の天守が出迎えてくれます。

しかもここは、日本で唯一ドイツ・ミュンヘン大学が認定したクアオルト健康ウォーキングコースを5ヵ所8コース整える「歩いて健康になれる温泉地」。「浸かる・歩く・癒える」がひとつになった、奥羽三楽郷の名湯です。

江戸時代の温泉番付『諸国温泉功能鑑』には「最上かみの山の湯」(西-前頭4段目)として登載され、近代では歌人・斎藤茂吉の故郷としても知られます。この記事では、がやが一次史料と公式情報を読み解きながら、歴史も、景色も、湯のやわらかさも、行きたくなる上山のすべてをご案内します。銀山温泉(最上 銀山の湯)とあわせて、江戸番付「最上」エリアの名湯巡りとしてもどうぞ。

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上山温泉ガイドのアイキャッチ画像(江戸番付『最上かみの山の湯』・奥羽三楽郷の城下町温泉)

📌 上山を一次史料で読み解く完全ガイドです
がやは上山温泉の旅館に宿泊した経験はまだありませんが、本記事は一次史料(『神山見聞随筆』1902年)・上山市観光物産協会・山形県公式観光情報・斎藤茂吉記念館の公式情報を読み解いて執筆した完全ガイドです。

執筆:がや

出張と趣味で全国の温泉宿に通算200泊以上。江戸期温泉番付の現物(弘化2年改訂版『諸國温泉鑑』)を所有し、番付に載る温泉地を一つずつ訪ねて歴史的視点で記事にしています。江戸の温泉番付『諸国温泉鑑』を今の温泉名にして地図に表記した記事もあわせてご覧ください。

📑 目次

  1. 蔵王連峰の麓・羽州街道の城下町温泉、上山温泉とは
  2. アクセス・施設情報
  3. 泉質:ナトリウム・カルシウム塩化物泉・硫酸塩泉
  4. 湯めぐり・足湯・クアオルト健康ウォーキングで過ごす上山の一日
  5. 江戸の温泉番付に登載された「最上かみの山の湯」
  6. 銀山温泉(最上 銀山の湯)との関係
  7. 長禄2年(1458年)開湯 ── 月秀上人と鶴の伝説
  8. 「鶴脛温泉」の名の由来 ── 鶴の脛を癒した湯
  9. 上山城(月岡城)── 戦国期最上氏の南端拠点
  10. 上山藩松平家 ── 元和8年(1622年)以来の城下町
  11. 城下町・宿場町・温泉場の三位一体 ── 全国でも珍しいとされる街の構造
  12. 羽州街道の宿場町としての上山
  13. 奥羽三楽郷 ── 上山・東山(会津)・湯野浜(鶴岡)
  14. 斎藤茂吉と金瓶村 ── アララギ派の中心歌人の故郷
  15. 訪問前に知っておきたい注意事項
  16. Q&A(よくあるご質問)
  17. まとめ:奥羽三楽郷・上山で巡る城下町と温泉の歴史

📌 この記事で分かること

  • 上山温泉の基本情報とアクセス(最寄駅・主要都市からの所要時間)
  • 江戸の温泉番付に登載された歴史的な位置づけ
  • 開湯にまつわる伝説と温泉地名の由来
  • 城下町・宿場町・温泉場が共存する街の成り立ち
  • 泉質の特徴と、訪問前に知っておきたい注意点

蔵王連峰の麓・羽州街道の城下町温泉、上山温泉とは

かみのやま温泉の共同浴場「下大湯」の外観
かみのやま温泉の共同浴場「下大湯」(写真:Suz-b / CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons)

上山温泉は、山形県上山市に位置する 蔵王連峰の麓の城下町温泉地で、約570年の歴史を持つ古湯です。上山温泉には32か所の温泉利用施設(2023年3月時点)があり、新湯・湯町・十日町・葉山・河崎・高松の6地区に旅館・ホテルが分散配置されているのが特徴で、老舗料亭旅館「日本の宿 古窯」や葉山地区の高台旅館、湯町地区の昔ながらの湯治宿まで多様な宿が揃います。羽州街道の宿場町として江戸期から栄え、上山城(月岡城)の城下町でもあり、「城下町・宿場町・温泉場の三位一体」とも称される独自の街構造を持ちます。

項目 内容
所在地 山形県上山市新湯ほか(観光案内所:上山市新湯6
温泉地区 6地区(湯町・新湯・十日町・河崎・高松・葉山)の総称「かみのやま温泉郷」(ほか斎藤茂吉ゆかりの金瓶地区)
位置 蔵王連峰の麓・羽州街道沿い(山形盆地南端)
現役施設 仙渓園 月岡ホテルほか旅館・ホテル多数
最寄駅 JR山形新幹線「かみのやま温泉駅」
東京からの所要時間 山形新幹線で約2時間40分
泉質 ナトリウム・カルシウム塩化物泉・硫酸塩温泉(弱アルカリ性)
湯温・源泉 湯温 63〜69℃5本の源泉
江戸期番付 西-前頭4段目「最上かみの山の湯」(諸国温泉功能鑑)
特別呼称 奥羽三楽郷(上山・東山〔会津〕・湯野浜〔鶴岡〕)
別名 鶴脛温泉(つるのはぎおんせん)
特別認定 クアオルト健康ウォーキング(ドイツ・ミュンヘン大学認定・日本唯一・5ヵ所8コース)
近隣施設 蔵王坊平アスリートヴィレッジ(文部科学省のナショナルトレーニングセンター競技別強化拠点施設)

東京駅からの所要時間は 山形新幹線つばさで約2時間40分「かみのやま温泉駅」という温泉地名そのものが駅名になっており、駅から徒歩圏内で温泉街へアクセスできる便利さが、現代の上山温泉の魅力でもあります。


アクセス・施設情報

東京からかみのやま温泉駅へのアクセス経路図(山形新幹線つばさ直通)新幹線(東京から直通)東京駅山形新幹線つばさ約1時間30分福島駅山形新幹線(直通)約1時間かみのやま温泉駅合計:東京〜かみのやま温泉駅まで約2時間40分(福島駅で在来線区間に切替・JR山形新幹線つばさ直通)仙台からは仙山線+山形新幹線で約1時間30分/山形駅からは隣駅・約10分
東京駅からかみのやま温泉駅までのアクセス(山形新幹線つばさで合計約2時間40分・福島駅で在来線区間に切り替え)

上山温泉へのアクセスは、JR山形新幹線「かみのやま温泉駅」が基本です。

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蔵王連峰の麓・羽州街道の城下町の湯。空室と料金は時期で変わるため、まずは2サイトで見比べてみてください。

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基本情報

項目 内容
観光案内所住所 山形県上山市新湯6
主要施設 仙渓園 月岡ホテル ほか
最寄駅 JR山形新幹線「かみのやま温泉駅」
駅から温泉街 徒歩圏内
駐車場 各旅館に専用駐車場あり

アクセス所要時間

出発地 経路 所要
東京 山形新幹線つばさ → かみのやま温泉駅 約2時間40分
仙台 仙山線+山形新幹線 → かみのやま温泉駅 約1時間30分
山形 山形新幹線 → かみのやま温泉駅(隣駅) 約10分

山形空港・仙台空港からのアクセスも便利で、東京から日帰り圏内の温泉地として現代でも人気です。


泉質:ナトリウム・カルシウム塩化物泉・硫酸塩泉

かみのやま温泉の温泉街の街並み
かみのやま温泉の温泉街の街並み(写真:佐藤智史 / CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons)

上山温泉の泉質は、ナトリウム・カルシウム塩化物泉および硫酸塩温泉(弱アルカリ性)を中心とした構成です。

泉質の概要

# 泉質 特徴
1 ナトリウム・カルシウム塩化物泉 保温効果が高く「温まりの湯」「熱の湯」と呼ばれる
2 硫酸塩温泉 切り傷・末梢循環障害・皮膚乾燥症に伝統的効能

源泉データ

項目 数値
源泉数 5本
湯温 63〜69℃
酸性度 弱アルカリ性

主な効能(伝統的記録)

塩化物泉の浴用効能として 「きりきず・末梢循環障害・冷え性・うつ状態・皮膚乾燥症」、飲用効能として 「萎縮性胃炎・便秘」が伝統的に伝えられています。塩分が汗の蒸発を防ぐ保温効果から 「湯冷めしにくい湯」 として知られ、東北の冬の湯治場としても重宝されてきました。

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湯めぐり・足湯・クアオルト健康ウォーキング ── 上山で過ごす一日の楽しみ方

歴史を知ったうえで、上山では「浸かる・歩く・味わう」をひとつの旅でまるごと楽しめます。ここでは、カップルの記念旅にも、女子旅の街歩きにも、家族のゆったり旅にも合わせやすい過ごし方を、目的別にご案内します。

① 共同浴場と足湯で気軽に湯めぐり

上山温泉は32か所の温泉利用施設が温泉街に分散する「湯めぐりの似合う街」です。レトロな共同浴場「下大湯」をはじめ、宿泊先のお湯にもう一湯・二湯と足してめぐれます。街なかには気軽に立ち寄れる足湯も点在し、街歩きの合間にひと休みできます。

② 日本で唯一のクアオルト健康ウォーキングで「歩いて癒える」

上山市は、ドイツ・ミュンヘン大学の気候性地形療法の手法で認定された日本で唯一のクアオルト健康ウォーキングコース5ヵ所8コース整えています。蔵王連峰の麓の自然のなかを歩いて湯で温まる過ごし方は、健康志向のカップルにも、のんびり歩きたい女子旅にもおすすめです。

③ 城下町をそぞろ歩き、山形の旬を味わう

湯上がりは、羽州街道の宿場町と上山城(月岡城)の城下町をそぞろ歩き。老舗料亭旅館「日本の宿 古窯」の会席をはじめ、山形牛・板蕎麦・地酒、初夏にはさくらんぼと、山形ならではの食も旅の楽しみです。記念日の食事で宿を選ぶカップルにも、土地の味を味わいたい家族旅にもぴったりです。

朝は足湯、昼はクアオルトと街歩き、夜は古窯の会席 ── 連休は二湯三湯、のんびり過ごすのが上山らしい滞在です。


江戸の温泉番付に登載された「最上かみの山の湯」

上山温泉は、文化14年(1817年)作成の江戸時代後期の温泉番付『諸国温泉功能鑑』 において 「最上かみの山の湯」 として登載されました。

番付ポジション

項目 内容
表記 最上かみの山の湯
番付の位置 西-前頭4段目
西大関 摂州有馬の湯
西関脇 但州城崎の湯
西小結 紀州熊野本宮の湯

※ 番付の段位表記(西-前頭4段目)および各力士位(西小結など)は、当サイトが所蔵する弘化2年(1845年)改訂版『諸國温泉鑑』を基準としています(江戸の温泉番付一覧参照)。版によって階級や地名の表記が異なる場合があります。

「最上」エリアの温泉地

『諸国温泉功能鑑』には旧出羽国最上郡のうち以下が登載されています:

番付 名称 現在
東-前頭4段目 最上 銀山の湯 銀山温泉
西-前頭4段目 最上かみの山の湯 上山温泉(本記事)

江戸番付の「最上」エリアには複数の温泉地が登載されており、銀山温泉と上山温泉は江戸期の最上国温泉地ペアとして並び称されてきました。上山「最上かみの山の湯」(西-前頭4段目)と銀山「最上 銀山の湯」(東-前頭4段目)は、ともに同じ前頭4段目に位置する同格の名湯として並び称されてきました。


銀山温泉(最上 銀山の湯)との関係

上山温泉は、銀山温泉(最上 銀山の湯)とともに、江戸番付で「最上」エリアに登載された山形県の名湯です。

江戸番付エリア 山形県内温泉地
最上 銀山温泉ガイド(最上 銀山の湯)
最上 上山温泉ガイド(最上かみの山の湯・本記事)

銀山温泉と上山温泉の対比

項目 銀山温泉 上山温泉
江戸期名称 最上 銀山の湯 最上かみの山の湯
番付ポジション 東-前頭4段目 西-前頭4段目
所在 山形県尾花沢市銀山新畑 山形県上山市
開湯 寛文年間(1661-1673年) 長禄2年(1458年)
街の性格 大正ロマンの渓谷温泉街 城下町・宿場町・温泉場の三位一体
文化的背景 江戸期延沢銀山233年史 奥羽三楽郷・斎藤茂吉の故郷
歴史 約350年 約570年

上山は銀山より約200年古い開湯で、江戸期の上山藩松平家以来の城下町文化が温泉街の風情を作り上げています。最上国の温泉地として、銀山と上山は対照的な歴史と街並みを持つペアとなっています。


長禄2年(1458年)開湯 ── 月秀上人と鶴の伝説

上山温泉の開湯は、長禄2年(1458年)にまで遡る伝承を持ちます。

開湯の経緯

年代 出来事
長禄2年(1458年) 肥前(佐賀県)杵嶋郡の僧・月秀上人が諸国行脚の途次、上山の経塚山南麓の法界寺に滞在
同期 沼のほとりで足を痛めた鶴が脛を浸し、病が癒えて飛び去るのを見て霊泉あることを知る
同期 里人と共に沼の排水工事を行い、温泉を開発
後年 月秀上人は64歳で入寂・軽井沢浄光寺に墓所
大正4年(1915年)11月 「上山温泉発祥の地」碑が湯町に完成(道路際)
昭和57年(1982年)5月 足湯奥に2基目の発祥地碑が設置
後世 この伝説から 「鶴脛温泉」 の別名が定着
浄光寺 月秀上人は浄光寺の開山 として地域に名を残す

月秀上人(げっしゅうしょうにん)

月秀上人肥前国杵島郡(現・佐賀県)出身の僧侶で、諸国行脚の途次、上山の経塚山南麓・法界寺に滞在し教えを広めていた時、温泉を発見したと伝えられます。浄光寺の開山として上山地域に菩提を残し、64歳で入寂・軽井沢浄光寺に墓所があります。温泉湧出を世に知らしめた功績から、現代の上山温泉でも開湯の祖として崇敬されており、大正4年(1915年)と昭和57年(1982年)の2基の発祥の地碑が湯町に建立されています。


「鶴脛温泉」の名の由来 ── 鶴の脛を癒した湯

上山温泉の 別名「鶴脛温泉(つるのはぎおんせん)」は、月秀上人が見た鶴の伝説にちなんで定着しました。

「鶴脛」の意味

漢字 意味
(つる) 月秀上人が目撃した、傷を負った鶴
(はぎ・すね) 鶴の脛(足の中間部分)

つまり「鶴脛=鶴の脛を癒した湯」という、動物が温泉を発見した日本の開湯伝説の典型を体現する地名です。箱根の姥子温泉(金太郎の山姥伝説)と並んで、動物・人物の傷を温泉が癒したという日本の温泉文化の原型を示す貴重な伝承となっています。

一次史料『神山見聞随筆』

開湯伝承を記録した一次史料が、明治35年(1902年)に菅沼定昭(すがぬま さだあき)が著した『神山見聞随筆(しんざんけんもんずいひつ)』です。同書には以下のように記されています:

「鶴脛温泉の草創は長禄2年(1458年)始めて発見す。白禿山は其源にして、山王山の麓に湧出するなり。」

同書はさらに、浄光寺を開いた月秀和尚が、毎日飛来しては傷ついた脛を温泉に浸して癒やす鶴の姿を見て、これを「鶴脛温泉」と名づけたと伝えています。

※ 書名は一般に「上山見聞随筆(かみのやまけんもんずいひつ)」と表記されることが多く、「神山見聞随筆」は当サイトが確認した別表記です。

「白禿山(しろはげやま)を源として山王山の麓に湧出する」という記述が、上山温泉の 地質学的な源泉位置を江戸期の人々が認識していたことを示す貴重な一次史料となっています。


上山城(月岡城)── 戦国期最上氏の南端拠点

上山城(月岡城)の再建天守。現在は上山城郷土資料館として公開されている
上山城(月岡城)の再建天守。現在は上山城郷土資料館(写真:kamoserio / CC BY-SA 2.5, via Wikimedia Commons)

上山温泉の街の中心にそびえるのが、上山城(うえやまじょう・別名「月岡城」)です。

上山城の歴史

年代 出来事
戦国期 最上氏の最南端拠点として築城
同期 米沢の伊達氏・上杉氏との戦闘の最前線
元和8年(1622年) 最上氏改易後、松平重忠が上山藩初代藩主として入城
元禄10年(1697年) 藤井松平家・松平信通が継承(明治まで継続)
江戸中期 幕府の命により 三層の天守が解体
現代 1982年に 再建天守(上山城郷土資料館)が建設

別名「月岡城」

上山城の別名「月岡城(つきおかじょう)」は、城が建つ丘陵の地形に由来します。現代の上山温泉の代表宿 「仙渓園 月岡ホテル」正保元年=1644年に赤湯で「堺屋旅館」として創業・大正期に15代目堺泰太郎が上山へ移転して現名に)も、この月岡城の名を冠しています。

戦国期の戦略的位置

最上氏(山形)と伊達氏(米沢)の境界地帯に位置する上山城は、戦国期東北の最重要拠点のひとつでした。最上氏・伊達氏・上杉氏という東北の有力大名が三つ巴に争った舞台として、上山の地は東北戦国史の重要な現場となりました。


上山藩松平家 ── 元和8年(1622年)以来の城下町

江戸時代の上山藩は、元和8年(1622年)に松平重忠が初代藩主となって以来、明治維新まで松平家が治めた城下町です。

上山藩の藩主交代

年代 藩主 系統
元和8年(1622年) 松平重忠 能見松平家
中期 蒲生・金森氏など短期間統治
元禄10年(1697年) 松平信通 藤井松平家(明治維新まで継続)

上山藩の発展

初代藩主・松平重忠は、前川の流路を変更して城下町の本格的整備に着手しましたが、わずか4年後の寛永3年(1626年)に摂津三田藩へ転封となりました。その後、蒲生氏・金森氏など短期統治を経て、元禄10年(1697年)に藤井松平家・松平信通が継承藤井松平家は明治維新(1869年版籍奉還)まで約170年にわたり上山藩を統治し、現代の上山市の都市構造の原型を形成し、城下町・宿場町・温泉場の三位一体の街を完成させました。


城下町・宿場町・温泉場の三位一体 ── 全国でも珍しいとされる街の構造

上山温泉の 最も独自性の高い特徴が、「城下町・宿場町・温泉場の三位一体」という街の構造です。

三位一体の意味

機能 内容 全国での希少性
城下町 上山城(月岡城)と上山藩松平家の藩政 全国の城下町と同様
宿場町 羽州街道の宿駅として参勤交代・物流の中継地 全国の宿場町と同様
温泉場 江戸番付登載「最上かみの山の湯」の湯治場 全国の温泉地と同様
三位一体 上記3機能が同一の街に共存 全国でも珍しいとされる

この三位一体構造は、上山が「江戸期東北の交通・政治・文化の交差点」であったことを示しています。藩主が温泉を管理し、参勤交代の大名行列が宿泊し、湯治客が滞在するという、江戸期日本の地方都市の理想形を上山が体現していました。


羽州街道の宿場町としての上山

上山市街地から望む蔵王連峰の遠景
上山市街地から望む蔵王連峰(写真:佐藤智史 / CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons)

羽州街道(うしゅうかいどう)は、江戸時代に整備された奥羽地方の主要街道で、福島県桑折宿で奥州街道から分岐し、出羽国(山形・秋田)を北上して青森県油川宿で奥州街道に再合流する全長約500kmの道です。

羽州街道と上山

項目 内容
街道全長 約500km(福島県桑折宿〜青森県油川宿)
上山の街道上の位置 出羽国南端付近の宿場町
主な利用者 出羽各藩(米沢藩・山形藩・秋田藩・庄内藩など)の参勤交代大名行列
機能 馬継ぎ・宿泊・物流中継

参勤交代と上山

米沢藩・山形藩・秋田藩などの出羽諸藩の参勤交代で、江戸へ向かう大名行列が上山宿で休憩・宿泊するパターンが頻繁にありました。藩主自身は本陣に泊まりつつ、随員が温泉で旅の疲れを癒すという、宿場町と温泉場が一体化した独自の利用形態が定着していました。


奥羽三楽郷 ── 上山・東山(会津)・湯野浜(鶴岡)

上山温泉は、「奥羽三楽郷(おううさんらくごう)」の一つとして、江戸時代から東北を代表する温泉トリオとして知られてきました。

奥羽三楽郷

温泉地 所在地 開湯伝承
上山温泉(本記事) 山形県上山市 長禄2年(1458年)月秀上人・鶴脛伝説
東山温泉(ひがしやまおんせん) 福島県会津若松市 天平年間(8世紀後半)行基・三本足の烏伝説
湯野浜温泉(ゆのはまおんせん) 山形県鶴岡市 天喜年間(11世紀)・漁師が海辺で湯に浸かる亀を発見(老舗宿「亀や」の名の由来)

三楽郷の共通点

共通項 内容
地理 奥羽地方(東北)の温泉地
江戸期の認知 江戸期にすでに「楽郷」として並び称された
動物伝説 3湯すべてが動物による開湯伝承(鶴・烏・亀)
文化的厚み 城下町・宿場町としての発展を伴う温泉地

3湯のうち2湯(上山・湯野浜)が山形県内であり、山形県が東北温泉文化の中心地であったことを「奥羽三楽郷」という呼称が物語っています。


斎藤茂吉と金瓶村 ── アララギ派の中心歌人の故郷

上山温泉の 近代文学史的価値を象徴するのが、歌人・斎藤茂吉(さいとう もきち・1882-1953)の存在です。

斎藤茂吉の基本情報

項目 内容
生没 明治15年(1882年)5月14日 〜 昭和28年(1953年)2月25日
出生地 山形県南村山郡金瓶村(現・上山市金瓶)
守谷伝右衛門熊次郎
守谷いく(茂吉は三男)
主な文学運動 アララギ派の中心歌人
代表作 歌集『赤光(しゃっこう)』(1913年・大正2年)
兼業 精神科医(青山脳病院院長)
墓所 青山霊園+上山市金瓶の宝泉寺

茂吉とアララギ派

斎藤茂吉は、伊藤左千夫の弟子として1908年から短歌雑誌『アララギ』に短歌を発表1913年に第一歌集『赤光』を刊行し、文学界・一般読者に大きな衝撃を与えました。「写生」の理念を深化させ、近代短歌の方向を決定づけた人物として、現代でも日本短歌史上の最重要歌人の一人に数えられます。

金瓶村の現在

茂吉の生家「守谷家」菩提寺の宝泉寺現在の上山市金瓶にあり、茂吉の墓所は宝泉寺にあります。茂吉記念館(上山市みゆき公園内)では、茂吉の遺品・原稿・書簡などが展示されています。蔵王連峰の麓の養蚕村として育った茂吉の感性が、東北の自然と仏教信仰に根ざした近代短歌を生み出したと評されています。


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訪問前に知っておきたい注意事項

上山温泉を訪問する際の留意点をまとめました。

# 注意事項
1 JR山形新幹線「かみのやま温泉駅」が最寄駅・駅名がそのまま温泉地名
2 冬季は積雪・凍結に注意(山形県内陸部の気候)
3 上山城郷土資料館は再建天守(1982年)のため江戸期の城そのものではない(資料館内に歴史展示あり)
4 斎藤茂吉記念館(みゆき公園内)生家・宝泉寺(金瓶地区)は別の場所・両方訪問推奨
5 湯町地区・新湯地区など複数の温泉エリアに分かれているため宿選びは事前確認推奨
6 塩化物泉は保温効果が高い反面、長湯はのぼせやすいため適度な入浴時間に
7 羽州街道の宿場町風情を感じたい場合は、上山城周辺の旧街道散策が推奨

Q&A(よくあるご質問)

Q1. 上山温泉と銀山温泉はどう違いますか?

A. 上山温泉は「最上かみの山の湯」(西-前頭4段目)銀山温泉は「最上 銀山の湯」(東-前頭4段目)として、ともに江戸番付に登載された山形(旧最上国)の温泉地ペアです。上山は長禄2年(1458年)開湯で約570年の歴史を持つ城下町温泉、銀山は寛文年間(1661-1673年)開湯で約350年の歴史を持つ渓谷温泉。上山は城下町・宿場町・温泉場の三位一体、銀山は大正ロマンの渓谷温泉街と、対照的な歴史と街並みが魅力です。

Q2. 「奥羽三楽郷」とは何ですか?

A. 江戸時代から東北地方を代表する温泉トリオとして並び称された 上山温泉(山形)・東山温泉(福島・会津)・湯野浜温泉(山形・鶴岡) の3湯の総称です。3湯すべてが動物による開湯伝承(上山=鶴・東山=三本足の烏・湯野浜=亀)を持ち、城下町・宿場町としての発展を伴う温泉地という共通点があります。

Q3. 月秀上人とはどんな人物ですか?

A. 長禄2年(1458年)に上山温泉を発見したと伝わる肥前国杵島(現・佐賀県)出身の僧侶です。諸国遍歴の途中で上山に立ち寄り、傷を負った鶴が湯で脛を癒しているのを目撃して温泉発見につながりました。浄光寺の開山として上山地域に菩提を残し、現代でも上山温泉の開湯の祖として崇敬されています。

Q4. 「鶴脛温泉」とは何ですか?

A. 上山温泉の 江戸期からの別名で、「鶴の脛(すね)を癒した湯」を意味します。長禄2年(1458年)に月秀上人が目撃した、傷を負った鶴が湯で脛を癒している伝説に由来します。箱根の姥子温泉(金太郎の山姥伝説)と並んで、動物・人物の傷を温泉が癒したという日本の開湯伝説の典型を体現する温泉地名です。

Q5. 上山温泉が「城下町・宿場町・温泉場の三位一体」と呼ばれる理由は?

A. 同じ街の中に「城下町(上山城・上山藩松平家)」「宿場町(羽州街道)」「温泉場(最上かみの山の湯)」の3機能が共存することから、全国でも珍しいとされる街の構造として知られます。江戸時代の地方都市の理想形を体現しており、藩主が温泉を管理し、参勤交代の大名行列が宿泊し、湯治客が滞在するという、江戸期東北の交通・政治・文化の交差点として機能しました。

Q6. 斎藤茂吉の生家はどこですか?

A. 斎藤茂吉の生家は山形県上山市金瓶(現・上山市金瓶)の「守谷家(もりやけ)」で、菩提寺は同地区の宝泉寺です(茂吉の墓所も宝泉寺)。茂吉は1882年(明治15年)5月14日(戸籍上は7月27日)に守谷伝右衛門熊次郎の三男として金瓶村に生まれ1953年(昭和28年)2月25日に没しました。現代でも生家・宝泉寺・斎藤茂吉記念館(上山市みゆき公園内)で茂吉ゆかりの品々を見ることができます。

Q7. 江戸時代の温泉番付『諸国温泉功能鑑』とは?

A. 文化14年(1817年)に作成された日本全国の温泉地ランキングで、相撲番付に倣って大関・関脇・小結・前頭の階級で温泉地を格付けした見立番付です。上山は 「最上かみの山の湯」として西-前頭4段目 に位置し、銀山温泉(最上 銀山の湯・東-前頭4段目)と同格の最上国の温泉地として登載されました。詳細は温泉番付(江戸時代)を今の温泉名にして地図に表記!に整理しています。

Q8. 上山温泉と蔵王温泉はどう違いますか?

A. 上山温泉は上山市の城下町温泉(西-前頭4段目)で、標高約200mの羽州街道沿い。一方、蔵王温泉山形市の蔵王連峰高所(標高約880m)の温泉地で、強酸性硫黄泉が特徴。上山は塩化物泉系の城下町温泉、蔵王は強酸性硫黄泉の高所温泉と、泉質・標高・性格が大きく異なる山形県内の2大温泉地です。

Q9. 上山藩松平家とはどんな家系ですか?

A. 上山藩は元和8年(1622年)に能見松平家の松平重忠が初代藩主として立藩しました。元禄10年(1697年)に藤井松平家の松平信通が継承し、明治維新まで約170年間、藤井松平家が上山藩を統治しました。徳川一門の松平家として上山の城下町・宿場町・温泉場の三位一体構造を完成させた歴史的な藩です。

Q10. 上山温泉でおすすめの過ごし方は?

A. 江戸期からの城下町と温泉場の歴史を体験したい方は 上山城(月岡城)郷土資料館+温泉街散策近代文学史に興味がある方は 斎藤茂吉記念館+宝泉寺(金瓶地区)蔵王連峰の自然を楽しみたい方は 蔵王温泉や蔵王エコーラインとセット訪問がおすすめ。奥羽三楽郷の他2湯(東山・湯野浜)との温泉地巡りも上山ならではの楽しみ方です。


まとめ:奥羽三楽郷・上山で巡る城下町と温泉の歴史

上山温泉は、江戸時代の温泉番付『諸国温泉功能鑑』に「最上かみの山の湯」(西-前頭4段目)として登載された、山形県上山市の城下町温泉地です。長禄2年(1458年)に肥前国杵島の僧・月秀上人が鶴の伝説で発見した約570年の歴史を持ち、「鶴脛温泉」という独自の別名と、『神山見聞随筆』(1902年)という一次史料による開湯記録を併せ持つ、東北温泉文化の核となる名湯です。

文化史的には、江戸期の上山城(月岡城)と上山藩松平家による城下町形成、羽州街道の宿場町としての参勤交代利用、江戸番付登載の温泉場としての湯治場機能を 「城下町・宿場町・温泉場の三位一体」 として併存させた、全国でも珍しいとされる街の構造を持ちます。「奥羽三楽郷(上山・東山・湯野浜)」の一つとして、江戸時代から東北を代表する温泉トリオに名を連ねてきました。

そして近代では、歌人・斎藤茂吉(1882-1953)の故郷として、アララギ派の中心人物・第一歌集『赤光』の作者を生んだ文化的土壌を持ちます。蔵王連峰の麓の養蚕村・金瓶で育った茂吉の感性が、東北の自然と仏教信仰に根ざした近代短歌を生み出した点も、上山温泉のもうひとつの文化的価値です。

鎌倉時代から江戸・明治・大正・昭和を貫く東北温泉文化の縦軸を、上山温泉という一つの温泉地で凝縮的に体験できる――江戸の番付と近代短歌、城下町と温泉、月秀上人の鶴伝説と斎藤茂吉の『赤光』を同時に味わえる稀有な温泉地です。

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