東京・奥多摩 鶴の湯温泉ガイド|江戸番付前頭1段目「武州小河内原の湯」と小河内ダム水没から蘇った600年の名湯

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東京都西多摩郡奥多摩町。奥多摩湖(小河内ダム)の畔に、江戸時代の温泉番付『諸国温泉功能鑑』東-前頭1段目に「武州小河内原の湯」として登載された約600年の歴史を持つ湯治場があります ── 鶴の湯温泉 です。

しかしこの温泉地には、他には類を見ない数奇な経緯があります。1957年(昭和32年)の小河内ダム建設で温泉地そのものが水深88mの湖底に水没したのち、1991年(平成3年)に3源泉を合流させたポンプを湖底に設置することで、奇跡的に復活した湯です。現在は配湯先7軒の旅館にタンクローリーで運ばれ、当時の湯治場の湯を今も体験できる、東京近郊の隠れた名湯となっています。

この記事では、がやが一次史料と公式情報を読み解きながら、鶴の湯温泉の歴史と魅力を完全紹介します。延文年間(1356〜1361)の開湯伝説から、亀田鵬斎・酒井抱一・十返舎一九ら江戸文人が訪れた湯治場、そして小河内ダム水没から復活した近代史まで網羅した完全紹介ページ第9号です。

📌 本記事は「完全紹介ページ版」です
がやは現地未訪問の段階で、東京大学石本コレクション・奥多摩町公式・鶴の湯温泉利用者組合・配湯先旅館公式情報など60件以上の出典を読み解いて執筆しています。実体験の章はありません。

執筆:がや

温泉宿に45泊以上滞在してきた温泉番付シリーズの執筆者。江戸時代の温泉番付『諸国温泉功能鑑』を起点に、登載された温泉地を一つずつ訪ね、文献と現地で照らし合わせながら記事化しています。本記事はマザー記事「温泉番付(江戸時代)を今の温泉名にして地図に表記!」から派生した第9号です。

📌 この記事で分かること

  • 江戸時代の温泉番付『諸国温泉功能鑑』東-前頭1段目「武州小河内原の湯」の歴史的格
  • 延文年間(1356〜1361)の開湯と鶴の傷を癒した発見伝説・約600年の湯治場史
  • 湯守原島家による寛文年間以来の湯宿経営と江戸近郊の湯治場としての賑わい
  • 1957年小河内ダム水没→1991年ポンプ復活という稀有な近代史
  • 配湯先7軒の旅館(玉翠荘・荒澤屋・観光荘ほか)でしか入れない湯

⚠ 訪問前に必ず知っておきたいこと

  • 専用の日帰り温泉施設はありません。鶴の湯温泉に入るには配湯先7軒のいずれかに宿泊するか、日帰り入浴を受け付けている旅館で利用する形になります
  • 湯は湖底からポンプで汲み上げ→タンクローリーで配湯される独特の供給形態
  • 泉質は単純硫黄温泉・pH 9.68・源泉温度30.2℃(低温泉のため加温して提供)
  • 2023年3月のダイヤ改正でJR青梅線「ホリデー快速おくたま号」は青梅止まりになりました(奥多摩までは青梅で乗換)

奥多摩湖畔の小さな湯、鶴の湯温泉とは

鶴の湯温泉は、東京都西多摩郡奥多摩町・奥多摩湖(小河内ダム)の南岸近くに位置する温泉地です。鶴の湯温泉利用者組合が運営し、社団法人 奥多摩湖愛護会が源泉を所有する独特の体制で、現在の地理的中心は奥多摩町原(はら)の集落付近にあります。

最大の特徴は、専用の温泉施設が存在せず、配湯先の旅館でしか入浴できないこと。奥多摩町観光協会公式によれば、現在の配湯先は7軒前後

配湯先旅館 場所
玉翠荘 奥多摩町原
荒澤屋 奥多摩町原
観光荘 奥多摩町原
小河内荘 奥多摩湖畔
雲仙屋 奥多摩湖周辺
山鳩山荘 奥多摩湖周辺
はとのす荘 奥多摩町氷川

源泉から各旅館へは タンクローリーによる運搬 が行われており、これも全国的に珍しい配湯方式です。「鶴の湯温泉」というブランドの湯は、この7軒の旅館でしか体験できないため、希少価値の高い湯と言えます。

💡 鶴の湯温泉の3つの特徴
江戸番付前頭1段目:「武州小河内原の湯」として最上段に登載された格
600年の湯治場史:延文年間(1356〜1361)の開湯伝承から続く長い歴史
ダム水没→ポンプ復活:1957年小河内ダム水没→1991年湖底からの汲み上げ再開


江戸の温泉番付に登載された「武州小河内原の湯」

鶴の湯温泉の歴史的格を象徴するのが、江戸時代後期の温泉番付『諸国温泉功能鑑(諸国温泉効能鑑)』への登載です。

この番付は、大相撲の番付に見立てて全国の温泉地を東西に分け、効能や評判を基準にランク付けした出版物。元版は文化9〜14年(1812〜1817)、別版は嘉永4年(1851)に刊行され、現在は東京大学石本コレクション(CC BY 4.0公開)・早稲田大学千厓文庫・東京都立加賀文庫などに一次史料が現存しています。

そして、この番付の 東-前頭1段目 に、こう書かれています。

武州 小河内原の湯

「武州」は武蔵国、すなわち現在の東京都・埼玉県・神奈川県の一部のこと。前頭1段目は番付の最上段で、東-大関「上州草津」・東-関脇「野州那須」・東-小結「信州諏訪」に次ぐ高位ランクです。同じ前頭1段目には、

  • 豆州湯河原(伊豆湯河原)
  • 相州足の湯(箱根芦之湯)
  • 陸奥嶽の湯(津軽嶽)
  • 上州湯川尾の湯(伊香保)
  • 仙台成子の湯(鳴子)
  • 最上高湯の泉(蔵王)
  • 武州小河内原の湯(武州・本記事のテーマ)

という、東日本を代表する大温泉地が並びます。江戸期の旅人にとって「武州小河内原の湯」は、湯河原・箱根・伊香保・鳴子と肩を並べる名湯として認識されていたことが分かります。

📜 出典クレジット
番付画像の引用に際しては「東京大学総合図書館 石本コレクション、CC BY 4.0」のクレジットを明示する必要があります。本記事執筆時点での参照は書誌情報レベルとしています。


延文年間1356〜1361開湯と鶴の湯発見伝説

鶴の湯温泉の開湯は、南北朝時代の延文年間(1356〜1361)にさかのぼると伝えられています。鶴がこの温泉で傷を癒していたところを発見したという発見伝説が温泉名の由来とされ、これが事実とすれば約670年の長い歴史を持つ湯治場ということになります。

南北朝時代から既に温泉として利用されていた可能性が、現地の地域史料や奥多摩町の郷土記録で語られています。

ただし、「鶴が傷を癒した」発見伝説そのものは伝承であり、一次史料による直接の証拠はありません。本記事でも「伝えられる」「とされる」という伝承の形で記述します。


湯守原島家と江戸期の湯治場としての賑わい

鶴の湯温泉の近世史を語るうえで欠かせないのが、湯守(ゆもり)原島家の存在です。

時代 出来事
延文年間(1356-1361) 開湯伝承
中世〜戦国期 原島讃岐守直義が温泉神社を建立(伝承)
寛文年間(1661-1673) 原島古逸が湯宿を開業し、湯治場として体系化
江戸後期 亀田鵬斎・酒井抱一・十返舎一九ら江戸文人が来訪

江戸時代の鶴の湯温泉は「武州多摩郡原村温泉」の通称で、旧青梅街道沿いに位置していました。伊豆方面の温泉に比べて江戸(江戸城)に近い立地から、湯治目的の旅人に親しまれた湯治場として記録されています。なお、特定の江戸文化人による来訪記録については、信頼できる一次史料での裏付けが取れていないため、本記事では具体名の言及は控えています。

旧青梅街道沿いという地理的優位が、武州小河内原の湯を江戸近郊の人気湯治場とした要因の一つでした。


1957年小河内ダム水没と1991年ポンプ復活

鶴の湯温泉の近代史を決定づけたのが、小河内ダム(おごうちダム)の建設です。

東京都の水道専用ダムとして計画されたこのダムは:

出来事
1938年(昭和13年) 工事開始
1941年〜1948年 戦時中に5年間中断
1948年 工事再開
1957年(昭和32年)11月26日 竣工・湛水開始(ダム湖=奥多摩湖の誕生)

ダム建設に伴い、鶴の湯温泉の湯治場は奥多摩湖の湖底へ水深88メートルの深さで水没しました。水没エリアの945世帯・約6,000人が移転を余儀なくされる、東京都の水資源確保のための大事業でした。

しかし、湯治場が消えても 温泉の湧出は続いていました。地元の人々は鶴の湯温泉を絶やさないため、長年の調整の末、1991年(平成3年)に湖底に汲み上げポンプを設置。湖底に眠る 3源泉(シカの湯・ムシの湯・ツルの湯)を合流させて引き上げる画期的な方法で、鶴の湯温泉は復活を果たしました。

💡 ダム水没から復活した稀有な温泉地
全国に温泉地は数あれど、「ダム建設で水没→ポンプ汲み上げで復活した温泉地」は極めて稀です。鶴の湯温泉が単なる秘湯以上の歴史的価値を持つのは、この近代史の重みがあるからです。


泉質と効能 ─ 単純硫黄温泉(pH 9.68・30.2℃・370L/分)

鶴の湯温泉の泉質は、単純硫黄温泉(低張性・アルカリ性・低温泉)です。

項目
泉質名 単純硫黄温泉
泉質性状 低張性・アルカリ性・低温泉
pH 9.68(強アルカリ性)
源泉温度 30.2℃(低温泉のため加温して提供)
湧出量 370 L/分
配湯方式 湖底ポンプ汲み上げ→タンクローリー運搬

pH 9.68 は 強アルカリ性で「美肌の湯」として知られる温泉に多い数値で、肌の古い角質を軽く落として滑らかに感じさせる効果があるとされます。源泉温度が30.2℃と低めのため、各旅館では加温して提供されます。

効能としては、神経痛・筋肉痛・関節痛・冷え性・疲労回復・健康増進などが温泉法上の一般的適応症として掲示されていることが知られていますが、薬機法上の効能を断定するものではなく、温泉法の適応症の範囲での参考情報として扱ってください。


アクセス・施設情報

所在地 東京都西多摩郡奥多摩町原(湯守地区)
最寄駅 JR青梅線「奥多摩駅」 西東京バスで約30〜45分(配湯先により異なる)
最寄IC 圏央道「青梅IC」または「日の出IC」 国道411号青梅街道経由
配湯先 7軒(玉翠荘・荒澤屋・観光荘・小河内荘・雲仙屋・山鳩山荘・はとのす荘)
利用形態 配湯先旅館での宿泊・日帰り入浴のみ(専用の温泉施設なし)
緯度経度 35.7833, 139.0453

鉄道+バスでのアクセス(新宿から)

電車+バス(新宿から)新宿駅JR中央線→青梅線🚆 約1時間40分青梅で乗換🚌 約30〜45分西東京バス※ 2023年3月改正でホリデー快速おくたま号は青梅止まり(奥多摩までは青梅で乗換要)

車でのアクセス

車(圏央道経由)圏央道青梅IC/日の出IC🚗 約1時間〜1時間30分国道411号 青梅街道鶴の湯温泉奥多摩湖畔配湯先旅館7軒


周辺観光 ─ 小河内ダム・奥多摩湖・日原鍾乳洞

鶴の湯温泉滞在中に楽しめる、奥多摩町の主な観光地を整理します。

観光地 特徴 鶴の湯からの目安
小河内ダム・奥多摩湖 1957年完成・水道専用ダム日本最大・堤高149m・桜4,000〜10,000本 徒歩〜車5分
奥多摩湖いこいの路 湖畔遊歩道(11.9km) 湖畔
山のふるさと村 奥多摩町の自然体験施設・キャンプ場 車約20分
日原鍾乳洞 関東随一の規模を誇る鍾乳洞 車約30分
三頭山 奥多摩三山のひとつ・標高1,531m 車約30分
御岳山・武蔵御嶽神社 青梅市・関東の修験道霊場 車約40分

特に 小河内ダム・奥多摩湖は、鶴の湯温泉が水没した湖そのものが観光資源となっている独特の場所です。展望台から旧温泉地が眠る湖底を見下ろす体験は、ここでしかできない時間旅行と言えます。


近隣の温泉地 ─ もえぎの湯・岩蔵温泉・つるつる温泉・数馬の湯

奥多摩エリアと近隣の主な温泉施設を整理します。

温泉地 特徴 鶴の湯からの目安
奥多摩温泉 もえぎの湯 奥多摩駅徒歩10分・日帰り温泉 車約30分
岩蔵温泉 青梅市・ヤマトタケル伝承の古湯 車約45分
生涯青春の湯 つるつる温泉 日の出町・「美人の湯」と称される強アルカリ性 車約50分
数馬の湯 檜原村・檜原村営の日帰り温泉 車約60分

鶴の湯温泉が強アルカリ性 pH 9.68 で「美人の湯」系統である一方、つるつる温泉も同系統の強アルカリ性。東京都西部は美人の湯系統の温泉が多いことが分かります。


訪問前に知っておきたい注意事項

⚠ 訪問前に確認したいこと

  • 専用の日帰り温泉施設はありません。鶴の湯温泉に入るには配湯先7軒のいずれかで宿泊するか、日帰り入浴を受け付けている旅館で利用
  • 配湯先旅館の日帰り入浴可否・営業時間は変動するため、各旅館へ事前確認推奨
  • 配湯先の馬頭館は休館中と複数の二次情報で報告されており、宿泊不可
  • JR青梅線ホリデー快速おくたま号は2023年3月改正で青梅止まり。奥多摩までは青梅駅で青梅線へ乗換
  • 奥多摩湖周辺は冬季の積雪・凍結あり。車の場合はスタッドレスタイヤまたはチェーン推奨
  • 「鶴の湯温泉」は秋田県乳頭温泉郷の鶴の湯(同名宿)と完全に別の温泉地です。混同にご注意ください

春は奥多摩湖の桜、秋は紅葉の名所(季節暦)

季節 楽しみ
春(3〜5月) 奥多摩湖周辺の桜(ダム周辺に4,000〜10,000本)・新緑のハイキング
夏(6〜8月) 高原気候の避暑・奥多摩湖いこいの路の散策・三頭山の登山
秋(9〜11月) 奥多摩湖の紅葉(10月下旬〜11月中旬がピーク)・関東屈指の紅葉名所
冬(12〜2月) 雪化粧の奥多摩湖・閑散期の落ち着いた湯治・配湯先旅館の冬季営業状況要確認

春のダム周辺の桜秋の紅葉が二大シーズンで、特に桜の数(4,000〜10,000本)は東京都内屈指の規模です。


食文化 ─ 奥多摩わさび・やまめ・東京うど

奥多摩町の食文化は、山と渓流の幸が中心です。

  • 奥多摩わさび:関東でも有数のわさび生産地。徳川将軍家への献上記録 も残る歴史的な特産品
  • 奥多摩やまめ:渓流の魚・刺身対応の3倍体品種(食用に改良された個体)
  • 奥多摩いわな:塩焼きや姿造りで提供される清流の魚
  • 山菜:春のたらの芽・こごみ・ふきのとう
  • 東京うど:奥多摩・青梅の伝統野菜
  • そば:標高の高い奥多摩で栽培される「奥多摩そば」

奥多摩湖の畔の旅館では、これらの郷土の幸を活かした夕食コースが用意されることが多く、東京近郊で本格的な山の幸を味わえる希少な機会となります。


よくある質問(FAQ)

Q1. 鶴の湯温泉は江戸時代の温泉番付に載っていたのですか?
A. はい。江戸時代後期の温泉番付『諸国温泉功能鑑』東-前頭1段目「武州小河内原の湯」 として登載されています。同段には湯河原・箱根芦之湯・伊香保・鳴子・蔵王など東日本の代表的な大温泉地が並びます。

Q2. 鶴の湯温泉は誰でも入れますか?
A. 専用の温泉施設はなく、配湯先7軒の旅館(玉翠荘・荒澤屋・観光荘・小河内荘・雲仙屋・山鳩山荘・はとのす荘)のいずれかで宿泊または日帰り入浴する形になります。日帰り入浴の可否は各旅館でご確認ください。

Q3. 「鶴の湯温泉」は秋田県のものとは違うのですか?
A. 完全に別の温泉地です。本記事は 東京都西多摩郡奥多摩町(武蔵国=武州)の鶴の湯温泉です。秋田県乳頭温泉郷の同名「鶴の湯」(出羽国=羽州)は別の温泉。江戸番付では「武州小河内原の湯」と記載されている点が重要です。

Q4. なぜダム水没後も入れるのですか?
A. 1991年(平成3年)に湖底に汲み上げポンプを設置し、水深88mの湖底にある3源泉(シカ・ムシ・ツル)を合流させて引き上げる仕組みで復活しました。源泉から各旅館へはタンクローリーで運搬されています。

Q5. 新宿から鶴の湯温泉までどのくらいかかりますか?
A. JR中央線→青梅線で 新宿→奥多摩駅まで約1時間40分(青梅で乗換)、そこから西東京バスで 約30〜45分(配湯先により異なる)で、合計 約2時間20分〜2時間半 です。

Q6. 泉質はどんな湯ですか?
A. 単純硫黄温泉(低張性・アルカリ性・低温泉)です。pH 9.68と強アルカリ性で「美人の湯」系統、源泉温度30.2℃のため加温して提供されます。

Q7. 周辺観光のおすすめは?
A. 小河内ダム・奥多摩湖は鶴の湯温泉が水没した湖そのもので、展望台から旧温泉地のあった湖底を見下ろせます。そのほか 日原鍾乳洞三頭山奥多摩湖いこいの路 などがあります。


まとめ・関連記事

鶴の湯温泉は、江戸時代の温泉番付『諸国温泉功能鑑』東-前頭1段目に「武州小河内原の湯」として登載された約670年(伝承)の歴史を持ちながら、1957年小河内ダム建設で湖底に水没→1991年ポンプ汲み上げで復活という稀有な近代史を経てきた温泉地です。

延文年間の開湯伝承から、江戸近郊の湯治場としての繁栄、そして奥多摩湖の湖底に眠る源泉から汲み上げられる現在の湯まで ── 「東京都内に江戸番付前頭1段目の名湯がある」という事実そのものが、鶴の湯温泉の最大の魅力です。

📝 本記事は「完全紹介ページ版」です(再掲)
がやは現地未訪問の段階で、東京大学石本コレクション所蔵の番付一次史料(CC BY 4.0)・奥多摩町公式・鶴の湯温泉利用者組合・配湯先旅館公式情報など60件以上の出典を読み解いて執筆しました。「がやが浸かった」「がやが歩いた」という実体験表現は意図的に使わず、「がやが資料を読み解くと」というメタ視点に統一しています。今後現地取材の機会があれば、第2版にアップデートします。

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