「ゴーラ」という地名は、大きな岩がゴロゴロしていたことに由来します。今でこそ高級旅館とアートが並ぶ箱根屈指のリゾートですが、強羅温泉(ごうらおんせん)は明治のはじめまで、火山の噴出物が転がる岩だらけの荒れ地でした。
しかもこの土地には、湯が一滴も湧いていませんでした。強羅の温泉は早雲山や大涌谷から湯を引いてくることで始まっています。それが今では源泉の総数は30。「引いてきた湯」で始まり、自力で掘り当てて「自分の湯」を持つに至った温泉地——それが強羅です。
この記事では、岩だらけの荒れ地が高級別荘地へと設計されていった歴史を軸に、源泉30がもたらす泉質の多様さ、国の登録記念物である強羅公園、そして訪問前に必ず知っておきたい施設の休館情報までまとめます。がやは強羅の宿に実際に泊まっていますので、現地で確かめた泉質のデータもお伝えします。アートと庭園を静かに味わいたい大人の旅に向く温泉地です。箱根全体については「箱根十七湯ガイド」もあわせてご覧ください。
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📌 この記事で分かること
- 強羅温泉が「引湯」から始まり、1952年に自前の源泉を得るまでの歴史
- 源泉30がもたらす泉質の多様さと、宿ごとに湯が違うという実態
- 強羅公園が国の登録記念物である理由(鉄道会社が1914年に開いた庭園)
- 箱根美術館・名勝「神仙郷」の価値と、2026年の休館期間
- 登山鉄道の終点かつケーブルカーの起点という、強羅ならではの立地の使い方
📑 目次
強羅温泉とは ── 源泉30・組合35軒の高原リゾート
強羅温泉は、神奈川県足柄下郡箱根町の中央部、早雲山の中腹に広がる斜面に開けた温泉地です。箱根登山鉄道の終点・強羅駅を中心に、坂道に沿って宿と別荘が段々に並びます。箱根強羅温泉旅館組合には35軒が加盟しています(2026年8月時点・組合公式サイトの掲載を実際に数えました)。
いわゆる温泉街はありません。土産物店が並ぶ通りの代わりに、斜面に沿って宿と別荘、そして美術館や庭園が点在します。浴衣で食べ歩くというより、ケーブルカーで移動しながらアートと庭園を巡る温泉地です。
特徴は源泉の多さです。箱根町観光協会の公表では源泉総数30。泉質もカルシウム─硫酸塩泉(石膏泉)や含硫黄─カルシウム─硫酸塩泉など複数が並び、後で述べるようにこれが「宿ごとに湯が違う」という強羅ならではの性格を生んでいます。
宿の顔ぶれは箱根でも指折りに幅が広く、強羅花壇やふふ箱根のような高級旅館から、箱根本箱のような個性的な宿、国民宿舎まで揃います。歴史ある湯治場が中心の温泉地とはまったく成り立ちが違い、明治以降に別荘地として計画的に開発されたことがそのまま今の街並みに表れています。
岩だらけの荒れ地から高級別荘地へ ── 明治21年からの開発史
強羅温泉旅館組合は、この土地の成り立ちをこう記しています。
早雲山の中腹に位置する箱根強羅温泉は、明治時代に開拓が始まるまで、大きな岩がゴロゴロしているから「ゴーラ」と名がつけられるほど、火山性堆積物の岩だらけの荒れ地でした。
出典:箱根強羅温泉旅館組合 公式サイト
つまり地名そのものが「岩がゴロゴロしている」という意味です。湯本や塔之沢のように古くから湯治客が集まった土地ではなく、人が住むことすら想定されていない荒れ地でした。
そこに手が入るのが明治です。組合の記述によれば明治21年(1888年)に最初の開発が始まり、明治45年(1912年)には温泉付きの別荘地として分譲されるようになります。買い手は「名のある文人や財界人」でした。
ここで重要なのは、温泉が「後から引かれたもの」だったという点です。箱根町観光協会は、当時の強羅について「早雲山や大涌谷などからの引湯による温泉でした」と説明しています。自分の土地から湧いた湯ではなく、山の上の噴気地帯から引いてきた湯で、別荘地としての価値を作ったわけです。
なお引湯が始まった正確な年については、はっきりしません。明治26年(1893年)とする資料と明治27年(1894年)とする資料があり、箱根町観光協会の公式ページは年号を記していません。この記事では「明治20年代後半ごろ」としておきます。
そして大正8年(1919年)、箱根登山鉄道が開通します。観光協会はこれを「大正8年(1919)の箱根登山鉄道の開通で十七湯の仲間入りをした比較的新しい温泉」と位置づけています。鉄道が通ったことで、強羅ははじめて「温泉地」として箱根の仲間に加わりました。
引湯から自噴へ ── 1952年の掘削成功が変えたもの
引湯に頼っていた強羅にとって、決定的な転機が訪れます。
昭和27年(1952)初めて温泉掘削に成功し、以後、数多くの温泉が掘り当てられました
出典:箱根町観光協会「箱根十七湯」
1952年、強羅は自分の足元から湯を掘り当てました。これ以降、自家源泉を持つ宿が次々に生まれ、現在の源泉30という数につながっています。
この違いは、同じ箱根の中で比べるとよく分かります。仙石原温泉は1736年に大涌谷から引湯して始まり、今も大涌谷と姥子からの引湯を集中管理して各宿へ配る方式です。一方の強羅は、引湯で始まりながら自前の源泉を得る方向へ進みました。
「引いてきた湯」で街を作り、やがて「自分の湯」を掘り当てた——強羅の温泉を語るとき、がやはこの流れがいちばん面白いところだと思っています。仙石原との対比は仙石原温泉ガイドとあわせて読むとより立体的に見えてきます。
泉質のしくみ ── 源泉30、宿ごとに湯が違う
強羅の湯を理解するうえで、いちばん大事なことをお伝えします。強羅温泉には「これが強羅の湯です」と言える単一の泉質がありません。
箱根町観光協会が挙げる強羅の泉質はカルシウム─硫酸塩泉(石膏泉)、含硫黄─カルシウム─硫酸塩泉など複数。源泉が30もあり、しかも早雲山・大涌谷からの引湯と各宿の自家源泉が併存しているため、同じ強羅温泉でも宿によって湯がまったく違います。
白濁したにごり湯を引く宿もあれば、無色透明の湯の宿もあります。硫黄の香りが立つ湯もあれば、塩気を感じる湯もあります。「強羅に泊まれば白濁湯に入れる」とは限らないということです。
ですから宿を選ぶときは、宿ごとの泉質表示を必ず確認してください。これは強羅を楽しむうえでの実用的なコツです。逆に言えば、湯めぐりの楽しみが大きい温泉地でもあります。
現地で確かめた湯 ── ナトリウム塩化物泉56.2℃
実例をひとつ。がやは強羅温泉旅館組合の加盟宿である「玄 箱根強羅」に泊まりました。この宿の湯は——
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 泉質 | ナトリウム塩化物泉(弱塩泉・低張性・中性) |
| 湧出温度 | 56.2℃の高温泉 |
| 浴槽 | 全18室すべてに客室露天風呂・24時間入浴可 |
※がやが2026年に宿泊した際の宿の公表値。強羅温泉全体の代表値ではありません。

がやが泊まった「玄 箱根強羅」の客室露天風呂。強羅の斜面に沿って建つため、湯船から山の緑を見下ろす配置になっています。
入ってみると、湯は無色透明で、口に含むとかすかに塩気を感じます。塩化物泉は湯冷めしにくいのが特徴で、湯から上がったあとも体の芯が温かいまま保たれる感覚がありました。56.2℃という高温泉を適温にして掛け流しているため、湯口に近づくと湯の匂いが立ちます。硫黄のような刺激ではなく、金気を帯びた温泉らしい匂いです。
お気づきでしょうか。観光協会が強羅の泉質として挙げていたカルシウム─硫酸塩泉系とは、まったく別の系統です。塩化物泉ですから、白濁もしていません。
これが「源泉30・宿ごとに湯が違う」ということの実際です。強羅で「どんな湯に入れるか」を知りたければ、温泉地名ではなく宿単位で確認するのが確実だと、泊まってみて実感しました。この宿の詳しい滞在レポートは玄 箱根強羅 宿泊レポートにまとめています。
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全室客室露天風呂の宿に泊まる
がやが泊まった「玄 箱根強羅」は全18室すべてに客室露天風呂があり、56.2℃の源泉を24時間好きなときに楽しめます。
強羅公園 ── 鉄道会社が1914年に開いた国の登録記念物
強羅を語るうえで外せないのが強羅公園です。ただ、この公園を開いたのが誰かをご存じでしょうか。温泉旅館でも自治体でもなく、鉄道会社でした。
文化庁の文化遺産オンラインには、こう記されています。
大正3年(1914)に小田原電気鉄道株式会社が上流階級の親睦・保養のために開園。東西方向の中軸線上に東屋,噴水池,花壇を配置し,最下段の中央に正門を開く。明確な軸線に基づく意匠・構成は独特であり,近代の造園文化の発展に寄与した意義深い事例である。
出典:文化遺産オンライン「強羅公園」(文化庁)
小田原電気鉄道は、箱根登山鉄道の前身です。つまり強羅という街は、鉄道会社が「公園を開き(1914年)→ 鉄道を通し(1919年)→ 別荘地を分譲する」という順序で設計したことになります。上流階級の避暑地として、最初から意図してつくられた温泉地なのです。
公園は1914年開園の、日本で初めてのフランス式整型庭園とされています。左右対称の軸線に沿って噴水池と花壇が配され、斜面を活かした段々の構成になっています。
国の「登録記念物」であること
強羅公園の文化財としての位置づけは、少し注意が必要です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名称 | 強羅公園(ごうらこうえん) |
| 区分 | 国の登録記念物(名勝地関係)※国指定の名勝ではありません |
| 登録年月日 | 2013年8月1日 |
出典:文化遺産オンライン(文化庁)
「登録記念物」と「指定名勝」は別の制度です。指定が強い規制をともなう保護であるのに対し、登録は緩やかな保護のしくみで、近代の建造物や庭園を対象に活用しながら守っていくための制度です。強羅公園は今も現役の観光施設として営業しながら、その価値が認められています。
入園情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 入園料 | 大人650円/小学生以下無料(20名以上の団体400円) |
| 開園時間 | 3〜11月 9:00〜17:00(最終入園16:30)/12〜2月 9:30〜16:30(最終入園16:00) |
| 休園日 | 不定休(年3回程度のメンテナンス休園) |
| 住所 | 足柄下郡箱根町強羅1300 |
※2026年8月時点。出典:箱根町観光協会。園内には噴水池・ローズガーデン・茶室・温室のほか、体験工芸館「箱根クラフトハウス」があります。料金・時間は変更されることがあるため、お出かけ前に公式サイトでご確認ください。
公園にはケーブルカーの「公園下駅」「公園上駅」が接していて、強羅駅から1〜2分で着きます。坂の街ならではのアクセスです。
箱根美術館と名勝「神仙郷」── 2026年の休館にご注意
強羅にはもうひとつ、文化財としての庭園があります。箱根美術館です。
こちらの庭園「神仙郷(しんせんきょう)」について、公式サイトはこう説明しています。
令和3年3月26日に、箱根美術館が建つ「神仙郷」が、国の名勝の指定を受けました。「神仙郷」は、当館創立者岡田茂吉が、昭和19年から昭和28年までの戦中戦後の混乱期に造営した庭園です。
出典:箱根美術館 公式サイト
強羅公園が登録記念物だったのに対し、こちらは国の指定名勝(2021年3月26日指定)です。同じ強羅に、制度の異なる2つの文化財庭園があることになります。
庭園は「石楽園」「苔庭」「竹庭」などで構成され、とくに苔と紅葉が競う秋の景色で知られます。美術館は昭和27年(1952年)の開館で、縄文土器から六古窯、江戸期までの日本のやきものを中心に所蔵しています。強羅が自前の源泉を掘り当てたのと同じ年に開館しているのは、偶然ながら象徴的です。
⚠ 2026年は休館期間があります
箱根美術館は改修工事のため2026年5月7日〜10月29日まで全面休館です(公式のお知らせによる)。10月30日のリニューアルオープンが案内されていますが、本館を除いての再開とされています。訪問を予定される場合は、必ず公式サイトで最新の状況をご確認ください。
再開後の参考として、通常時の情報も載せておきます。開館は4〜11月が9:30〜16:30(最終入館16:00)、12〜3月が9:30〜16:00(最終入館15:30)、休館日は木曜(祝休日は開館)。入館料は一般1,430円・高大生660円・中学生以下無料でした。住所は強羅1300で、強羅公園と同じエリアです。
宿の選び方 ── 35軒をどう絞るか

強羅の宿は斜面に沿って建てられています(写真は「玄 箱根強羅」)。坂の街であることが、宿選びでは意外に効いてきます。
35軒は箱根でも多いほうです。がやなりの絞り方をお伝えします。
まず泉質を決めてください。前述の通り強羅は宿ごとに湯が違います。「白濁したにごり湯に入りたい」のか「さらりとした湯でいい」のかを先に決めて、宿の泉質表示で選ぶのがいちばん確実です。
坂のどこに泊まるかも効いてきます。強羅は斜面の街で、強羅駅から早雲山駅までケーブルカーが6駅を結んでいます。駅近くは移動が楽な反面、上のほうの宿は眺望が良くなります。荷物が多い旅なら駅に近い宿が無難です。
予算の幅は箱根随一です。強羅花壇やふふ箱根のような高級旅館から、国民宿舎まで揃っています。同じ「強羅温泉」でも滞在の質はまったく変わるので、目的をはっきりさせてから探すと迷いません。
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アクセスと基本情報 ── 終点であり起点でもある駅
強羅の立地には、箱根のほかの温泉地にはない特徴があります。強羅駅は箱根登山鉄道の終点であり、同時に箱根登山ケーブルカーの起点なのです。

※強羅駅は箱根登山鉄道の終点であり、箱根登山ケーブルカーの起点でもあります。箱根湯本駅から強羅駅までの所要時間は列車によって異なるため、箱根ナビの強羅駅時刻表で最新のダイヤをご確認ください。
箱根湯本駅から箱根登山鉄道で強羅駅へ。スイッチバックを繰り返して急勾配を登る、あの名物区間です。強羅駅からはケーブルカーに乗り換えて早雲山駅へ。さらにロープウェイで大涌谷、桃源台(芦ノ湖)へと続きます。

つまり強羅は、箱根ゴールデンコースのちょうど折り返し地点にあたります。芦ノ湖まで足を伸ばす旅程を組むなら、強羅に泊まるのは理にかなった選択です。
ケーブルカーの各駅(公園下・公園上・中強羅・上強羅)は、そのまま宿や強羅公園の最寄りになります。斜面の街を歩いて上るのは想像以上にきついので、ケーブルカーは観光用ではなく生活の足として使うつもりでいると快適です。

基本情報とアクセスマップ
| 温泉地名 | 強羅温泉(ごうらおんせん) |
|---|---|
| 所在地 | 神奈川県足柄下郡箱根町強羅 |
| 地名の由来 | 岩がゴロゴロした荒れ地だったことに由来(強羅温泉旅館組合) |
| 源泉総数 | 30(箱根町観光協会の公表) |
| 泉質 | カルシウム─硫酸塩泉(石膏泉)/含硫黄─カルシウム─硫酸塩泉 ほか複数。宿ごとに異なる |
| 温泉の始まり | 明治20年代後半ごろ 早雲山・大涌谷からの引湯(年は諸説あり) |
| 掘削成功 | 昭和27年(1952年)に初めて成功し自家源泉が増加 |
| 十七湯入り | 大正8年(1919年)箱根登山鉄道の開通による |
| 宿の数 | 箱根強羅温泉旅館組合 加盟35軒(2026年8月時点) |
| 最寄駅 | 箱根登山鉄道 強羅駅(登山鉄道の終点/ケーブルカーの起点) |
四季の楽しみ方
春(3〜5月):強羅公園のツツジやシャクナゲが見頃を迎えます。標高が高いぶん、平地より遅れて春が来ます。
夏(6〜8月):早雲山の中腹という立地で、都心よりはっきり涼しく過ごせます。もともと避暑地として開発された土地ですから、夏の快適さは折り紙付きです。強羅公園のローズガーデンも初夏が見頃です。
秋(9〜11月):紅葉が強羅のハイライトです。箱根美術館の神仙郷は、苔の緑と紅葉の赤が競う景色で知られます(2026年は10月29日まで休館なので、訪問時期にご注意ください)。ケーブルカーの車窓から見る紅葉も見どころです。
冬(12〜2月):観光客が減り、静かに過ごせます。空気が澄んで山がよく見え、雪が積もれば別荘地らしい景色になります。強羅公園は冬季の開園時間が短くなるのでご注意ください。
1泊2日のモデルコース
1日目:新宿からロマンスカーで箱根湯本へ(約1時間30分)。箱根登山鉄道でスイッチバックを楽しみながら強羅駅へ。ケーブルカーで強羅公園へ上がり、日本初のフランス式整型庭園を歩きます。夕方に宿へチェックインして、選んだ泉質の湯をゆっくり。

2日目:朝風呂のあと、ケーブルカーとロープウェイを乗り継いで大涌谷へ。桃源台まで下りて芦ノ湖の海賊船に乗れば、箱根ゴールデンコースを一日で味わえます。強羅を起点にすると、この行程が無理なく組めます。
ただし大涌谷は今も活動を続けている火山です。自然研究路は2015年5月から立入禁止となり、約7年ぶりに再開したあとも事前予約制で1日4回・各回定員30名、監視員の引率つきという形で運用されています(箱根町公式)。ロープウェイも火山ガスの状況によって運休することがあるので、当日の運行状況を確認してから動くと安心です。
アート好きの方は、強羅駅から登山鉄道で数分の彫刻の森美術館(二ノ平エリア)を組み込むのもおすすめです。箱根美術館の再開後(2026年10月30日以降の予定)なら、庭園めぐりのコースも魅力的になります。
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ゴールデンコースの折り返し地点という立地を活かすなら、強羅駅やケーブルカー沿線の宿が動きやすくなります。
よくある質問
Q. 強羅温泉は箱根七湯に入っていますか?
入っていません。箱根七湯は湯本・塔之沢・堂ヶ島・宮ノ下・底倉・木賀・芦之湯の7つで、いずれも古くから自然に湧いた湯です。強羅は明治以降に引湯で始まり、大正8年(1919年)の箱根登山鉄道開通で箱根十七湯に加わった比較的新しい温泉地です。江戸時代の温泉番付にも登載がありません。
Q. 強羅の湯は白濁していますか?
宿によります。強羅は源泉総数30と多く、早雲山・大涌谷からの引湯と各宿の自家源泉が併存しているため、白濁湯の宿も無色透明の宿もあります。がやが泊まった宿はナトリウム塩化物泉で、白濁していませんでした。宿ごとの泉質表示をご確認ください。
Q. 強羅公園は国の名勝ですか?
正確には国の「登録記念物」で、2013年8月1日に登録されました。指定名勝とは制度が異なります。なお同じ強羅にある箱根美術館の庭園「神仙郷」は、2021年3月26日に国の指定名勝となっています。
Q. 箱根美術館はいつ行けますか?
2026年は改修工事のため5月7日から10月29日まで全面休館です。10月30日のリニューアルオープンが案内されていますが、本館を除いての再開とされています。訪問前に公式サイトで最新情報をご確認ください。
Q. 強羅温泉に共同浴場(外湯)はありますか?
湯本や渋温泉のような外湯めぐりの文化はありません。日帰り入浴は宿の風呂を利用する形が中心になります。
Q. 強羅駅から観光地へはどう回るのが効率的ですか?
強羅駅は登山鉄道の終点でありケーブルカーの起点です。ケーブルカーで早雲山へ上がり、ロープウェイで大涌谷・桃源台(芦ノ湖)へ抜けるルートが定番です。強羅公園はケーブルカーの公園下・公園上駅に接しています。なお大涌谷の自然研究路は事前予約制(1日4回・各回定員30名・監視員の引率)で、ロープウェイも火山ガスの状況で運休することがあります。
Q. 「ゴーラ」という地名の由来は?
大きな岩がゴロゴロしていたことに由来するとされます。強羅温泉旅館組合は「火山性堆積物の岩だらけの荒れ地でした」と説明しています。
Q. 強羅の温泉はいつから始まったのですか?
明治20年代後半ごろに早雲山などからの引湯で始まったとされますが、明治26年(1893年)説と明治27年(1894年)説があり、箱根町観光協会の公式ページは年号を記していません。その後、明治45年(1912年)に温泉付き別荘地として分譲され、昭和27年(1952年)に初めて温泉掘削に成功しています。
まとめ ── 設計された温泉地の面白さ
強羅温泉は、箱根の湯治場としては後発も後発です。江戸の番付に名はなく、七湯にも入らず、明治のはじめまで岩だらけの荒れ地でした。
けれども、だからこそこの土地は設計されています。鉄道会社が1914年に日本初のフランス式整型庭園を開き、1919年に鉄道を通し、別荘地として分譲する——上流階級の避暑地として、意図をもってつくられた街です。斜面に段々と並ぶ宿も、生活の足であるケーブルカーも、その設計の結果です。
そして「引いてきた湯」で始まった温泉地が、1952年に自分の湯を掘り当てた。今では源泉が30を数え、宿ごとに違う湯が楽しめます。同じ引湯から始まった仙石原温泉が今も引湯を続けているのと比べると、対照的な歩みです。
アートと庭園、そして宿ごとに違う湯。「どの湯に入るか」を自分で選ぶ楽しさが、強羅にはあります。
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紅葉の季節の週末は早く埋まります。泉質と立地を決めてから探すと、35軒からでも迷わず選べます。
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参考・出典
- 箱根町観光協会「箱根十七湯」「強羅温泉 ~欧米型『温泉療養』の拠点として~」「箱根強羅公園」
- 箱根強羅温泉旅館組合 公式サイト(強羅の魅力紹介・宿泊施設一覧)
- 文化庁 文化遺産オンライン「強羅公園」
- 箱根美術館 公式サイト(名勝 神仙郷・利用案内・お知らせ)
- 箱根町「大涌谷自然研究路再開」
- がやによる現地取材(強羅温泉旅館組合加盟宿「玄 箱根強羅」に宿泊)
